部屋の中はほとんどすべてが取りかたづけられていた。
床には大きなトランクが二個置いてあり、片方にはローブが、翡翠色、藤色、群青色など、慌ててたたんで突っ込んであり、もう片方には本がごちゃ混ぜに放り込まれていた。
壁一杯に飾られていた写真は、今や机の上にいくつか置かれた箱に押し込まれていた。
「どこかへいらっしゃるのですか?」
ハリーが聞いた。
「うー、あー、そう」
ロックハートはドアの裏側から等身大の自分のポスターを剥ぎ取り、丸めながらしゃべった。
「緊急に呼び出されて・・・・・しかたなく・・・・・行かなければ・・・・・」
「僕の妹はどうなるんですか?」
ロンが愕然として言った。
「そう、そのことだが――まったく気の毒なことだ」
ロックハートは三人の目を見ないようにし、引き出しをグイッと開け、中のものをひっくり返してバッグに入れながら言った。
「誰よりも私が一番残念に思っている――」
「先生はこの学校の『闇の魔術に対する防衛術』の先生です」
が言った。
「こんなときにここから出て行くなんて、ありえないでしょう。これだけの闇の魔術がここで起こっているときに」
「いや、しかしですね・・・・・私がこの仕事を引き受けたときは・・・・・」
ロックハートは今度はソックスをローブの上に積み上げながら、もそもそ言った。
「職務内容には何も・・・・・こんなことは予想だに・・・・・」
「先生、それは逃げ出すことと同じじゃないんですか?」
はイライラとロックハートを問い詰めた。
「本に書いてあったのはすべて嘘なんですか?」
「本は誤解を招く」
ロックハートは微妙な言い方をした。
「ご自分が書かれたのに!」
ハリーが口をはさんだ。
「まあまあ、坊や」
ロックハートが背筋を伸ばし、顔をしかめてハリーを見た。
「ちょっと考えれば分かることだ。私の本があんなに売れるのは、中に書かれていることを全部私がやったと思うからでね。もしアルメニアの醜い魔法戦士の話だったら、たとえ、狼男から村を救ったのがその人でも、本は半分も売れなかったはずです。バンドンの泣き妖怪を追い払った魔女は兎口だった。要するに、そんなものですよ・・・・・」
「それじゃあ、先生は、他のたくさんの人たちのやった仕事を、自分の手柄になさったんですか?」
ハリーが唖然として言った。
「ハリーよ、ハリー」
ロックハートはじれったそうに首を振った。
「そんなに単純なものではない。仕事はしましたよ。まず、そういう人たちを探し出す。どうやって仕事をやり遂げたのかを聞き出す。それから『忘却術』をかける。するとその人たちは自分がやった仕事のことを忘れる。私が自慢できるものがあるとすれば、『忘却術』ですね。ハリー、大変な仕事ですよ。本にサインしたり、広告写真を撮ったりすればすむわけではないんですよ。有名になりたければ、倦まず弛まず、長くつらい道のりを歩む覚悟が要る」
ロックハートはトランクを全部バチンと締め、鍵を掛けた。
「さてと。これで全部でしょう。いや、一つだけ残っている」
ロックハートは杖を取り出し、三人に向けた。
「坊ちゃんと嬢ちゃんたちには気の毒ですがね、『忘却術』をかけさせてもらいますよ。私の秘密をペラペラそこら中でしゃべったりされたら、もう本が、一冊も売れなくなりますからね・・・・・」
はロックハートが杖を振り上げる前に、武装解除の術をロックハートにかけていた。
ロックハートは後ろに吹っ飛んで、トランクに足をすくわれ、その上に倒れた。
杖は高々と空中に弧を描き、それをロンがキャッチし、窓から外に放り投げた。
「スネイプ先生にこの術を教えさせたのが、間違いでしたね」
ハリーが倒れているロックハートに向かって冷めたくに言った。
は杖をロックハートに向けたまま、ハリーの話を聞くように言った。
「僕たちはこれから『秘密の部屋』に行く。あなたは運の良い人だ。僕たちはそのありかを知っているし、中に何がいるかも知っている。さあ、行こう」
ロックハートを追い立てるようにして部屋を出て、一番近い階段を下り、例の文字が闇の中に光る、暗い廊下を通り、四人は「嘆きのマートル」の女子トイレの入り口にたどり着いた。
まず、ロックハートを先に入らせた。
「嘆きのマートル」は、一番奥の小部屋のトイレの水槽に座っていた。
「アラ、あんたたちだったの」
ハリーとロンとを見るなり、マートルが言った。
「今度は何の用?」
「君が死んだときの様子を知りたいんだ」
マートルはたちまち顔つきが変わった。
こんなに誇らしく、嬉しい質問をされたことがない、という顔をした。
「オォォォゥ、怖かったわ」
マートルはたっぷり味わうように言った。
「まさにここだったの。この小部屋で死んだのよ。よく覚えているわ。オリーブ・ホーンビーがわたしのメガネのことをからかったものだから、ここに隠れたの。鍵を掛けて泣いていたら、誰かが入ってきたわ。何か変なことを言ってた。外国語だった、と思うわ。とにかく、いやだったのは、しゃべっているのが男子だったってこと。だから、出て行け、男子トイレを使えって言うつもりで、鍵を開けて、そして――」
マートルは偉そうにそっくり返って、顔を輝かせた。
「死んだの」
「どうやって?」
が聞いた。
「わからない」
マートルがひそひそ声になった。
「覚えているのは大きな黄色い目玉が二つ。体全体がギュッと金縛りにあったみたいで、それからふーっと浮いて・・・・・」
マートルは夢見るように三人を見た。
「そして、また戻ってきたの。だって、オリーブ・ホーンビーに取っ憑いてやるって固く決めてたから。あぁ、オリーブったら、わたしのメガネのことを笑ったことを後悔してたわ」
「その目玉、正確にいうとどこで見たの?」
ハリーが聞いた。
「あのあたり」
マートルは小部屋の前の、手洗い台のあたりを漠然と指差した。
ハリーとロンとは急いで手洗い台に近寄った。
ロックハートは顔中に恐怖の色を浮かべて、ずっと後ろの方に下がっていた。
普通の手洗い台と変わらないように見えた。
三人は隅々まで調べた。
内側、外側、下のパイプの果てまで。
そして、三人の目に入ったのは――銅製の蛇口の脇のところに、引っかいたような小さなヘビの形が彫ってある。
「その蛇口、壊れっぱなしよ」
ハリーが蛇口を捻ろうとすると、マートルが機嫌よく言った。
「ハリー、何か言ってみてよ。何か、ヘビ語で」
が言った。
「でも――」
ハリーは何か、躊躇しながらも、小さな彫り物に向かって神経を集中させた。
「開け」
「普通の言葉だよ」
ロンが振り向いたハリーに言った。
「開け」
ハリーがもう一度言うと、蛇口が眩い白い光を放ち、回り始めた。
次の瞬間、手洗い台が動き出した。
手洗い台が沈み込み、見る見る消え去ったあとに、太いパイプがむき出しにった。
大人一人が滑り込めるほどの大きさだ。
ロックハートの秘密が明らかに!