ピクシー小妖精の悲惨な事件以来、ロックハートは教室に生き物を持ってこなくなった。 そのかわり、自分の著書を拾い読みし、ときにはその中でも劇的な場面を演じて見せた。 現場を再現するとき、たいていハリーを指名して自分の相手役を務めさせ、救われた町人、あるいは村人をが務めた。
今日の授業は狼男だった。 ハリーとはみんなの前に出て、役を演じた。
「ハリー、大きく吼えて――そう、そう――そしてですね、信じられないかもしれないが、私は飛びかかった――こんなふうに――相手を床に叩き付けた――こうして――片手でなんとか押さえ付け――もう一方の手で杖を喉元に突きつけ――それから残った力を振り絞って非常に複雑な『異形戻しの術』をかけた――敵は哀れなうめき声をあげ――ハリー、さあうめいて――もっと高い声で――そう――毛が抜け落ち――牙は縮み――そいつはヒトの姿に戻った。簡単だが効果的だ――こうして、その村も、満月の度に狼に襲われる恐怖から救われたのです。そして村人は感謝の気持にと村一番の美人娘を私の前に出した。――さぁ、、私の前に出て――私の仕事は危険が伴い、貴方を危険に合わせたくないと断った。すると娘は泣き出しそうな顔をして私のローブを掴んだ――、掴んで――私はそっと娘の手を握り、黙って背を向け、村を出た。その後、その村は永久に私を英雄と称えることになったわけです」
終業のベルが鳴り、ロックハートは立ち上がった。
「宿題。ワガワガの狼男が私に敗北したことについての詩を書くこと！一番よく書けた生徒にはサイン入りの『私はマジックだ』を進呈！」
みんなが教室から出ていき始めた。 二人は教室の一番後ろに戻り、そこで待機していたロン、ハーマイオニーと一緒になった。
「用意は？」
ハリーが呟いた。
「みんながいなくなるまで待つのよ」
ハーマイオニーは神経をピリピリさせていた。
「いいわ・・・・・」
ハーマイオニーは紙切れを一枚しっかり握りしめ、ロックハートのデスクに近付いていった。 ハリーとロンとがすぐあとからついて行った。
「あの、ロックハート先生？」
ハーマイオニーは口ごもった。
「わたし、あの――図書館からこの本を借りたいんです。参考に読むだけです」
ハーマイオニーは紙を差し出した。 かすかに手が震えている。
「問題は、これが『禁書』の棚にあって、それで、どなたか先生にサインをいただかないといけないんです――先生の『グールお化けとのクールな散策』に出て来る、ゆっくり効く毒薬を理解するのに、きっと役に立つと思います・・・・・」
「あぁ、『グールお化けとのクールな散策』ね！」
ロックハートは紙を受け取り、ハーマイオニーにニッコリ笑いかけながら言った。
「私の一番のお気に入りの本と言えるかもしれない。おもしろかった？」
「はい。先生」
ハーマイオニーが熱を込めて答えた。
「ほんとうにすばらしいわ。先生が最後のグールを、茶こしで引っ掛けるやり方なんて・・・・・」
「そうね、学年の最優秀生をちょっと応援してあげても、誰も文句は言わないでしょう」
ロックハートはにこやかにそう言うと、とてつもなく大きい孔雀の羽ペンを取り出した。
「どうです、素敵でしょう？」
ロンのあきれ返った顔をどう勘違いしたか、ロックハートはそう言った。
「これは、いつもは本のサイン用なんですがね」
とてつもなく大きい丸文字ですらすらとサインをし、ロックハートはそれをハーマイオニーに返した。 ハーマイオニーがもたもたしながらそれを丸め、カバンにすりこませている間、ロックハートはお気に入りの生徒に話しかけた。
「で、明日はシーズン最初のクィディッチ試合だね？グリフィンドール対スリザリン。そうでしょう？私は昔、シーカーで、ナショナル・チームに入らないかと誘いも受けたのですがね。闇の魔力を根絶することに生涯をかけることにしたんですよ。しかし、個人訓練が必要ならいつでも引き受けますよ。私より能力の劣る者に経験を伝授しますよ・・・・・」
は愛想笑いをするとくるりと背を向け、みんなの後を追った。
「信じられないよ」
四人でサインを確認しながら、ハリーが言った。
「僕達が何を借りるのか、見もしなかったよ」
「そりゃ、あいつ、能無しだもの。どうでもいいけど。僕達はほしいものを手に入れたんだし。」 ロンが言った。
「能無しなんかじゃないわ」
図書館に向かって半分走りながら、ハーマイオニーが言った。
「君が学年で最優秀の生徒だって、あいつがそう言ったんだからね・・・・・」
「だって、君と同じくらい頭がいいじゃないか」
図書館の押し殺したような静かさのなかで、4人は声を潜めた。 司書のマダム・ピンズは痩せて怒りっぽい人で、飢えたハゲタカのようだった。
「『最も強力な魔法薬』？」
ピンズは疑わしげにもう一度、聞き返し、許可証をハーマイオニーから受け取ろうとした。 しかし、ハーマイオニーははなさない。
「これ、私が持っていてもいいでしょうか？」
「やめろよ」
ハーマイオニーがしっかり掴んでいた紙を、ロンがむしり取ってピンズに差し出した。
「サインならまたもらえばいいじゃない」
が恨めしそうな顔をしているハーマイオニーに言った。
「そうさ。それにロックハートときたら、サインする間だけ、動かないものならなんにでもサインするよ、きっと」
ピンズの検査は無事通過した。 そして、ピンズは黴臭そうな本を持ってきた。 ハーマイオニーは大切そうにそれをかばんに入れ、四人は慌てた歩き方に見えないように、その場を離れた。
五分後、嘆きのマートルのトイレにいた。 ハーマイオニーは本の中から、ポリジューズ薬を探し出し、三人にもみえるように、本を開いた。 とても痛そうな挿絵が載っていた。
「こんなに複雑な魔法薬は初めてお目にかかるわ」
薬の材料に目を通しながら、ハーマイオニーが言った。
「クサカゲロウ、ヒル、満月草にニワヤナギ――やっぱり・・・・・――見て、二角獣の角の粉末とかどうするの？それに変身したい相手の一部。どうする？」
は不安そうな顔をした。 しかし、ハーマイオニーは聞いていないふりで、そのまま本を読みすすめた。
「ハーマイオニー、どんなにいろいろ盗まなきゃならないか、わかってる？毒ツルヘビの皮の千切りなんて、生徒用の棚には絶対にないよ。スネイプの個人用の保管倉庫に盗みにはいるの？うまくいかないような気がする・・・・・」
ハリーもロンもと同じく、不安そうだ。
「そう。三人とも怖気づいて、止めるっていうなら結構よ。」
ハーマイオニーの頬はパーッと赤みが差し、目はいつもよりキラキラしている。
「私は規則を破りたくはない。分かっているでしょう？だけど、マグル生まれの者を脅迫するなんて、ややこしい魔法薬を密造するよりずーっと悪いことだと思うの。でも、三人ともマルフォイがやってるのかどうか知りたくないんだったら、これからまっすぐ、マダム・ピンズのところへ行って、この本を返してくるわ」
「僕達に規則を破れって、君が説教する日が来るとは思わなかったぜ」 ロンが言った。
「わかった、やるよ」
「造るのにどれくらいかかるの？」
ハーマイオニーの機嫌が直ったところで、ハリーが聞いた。
「大体、一ヶ月でしょうね。少なくともクサカゲロウを煎じている二十一日間は必要だし、満月草は満月しか摘めないもの。」
が淡々として言った。
「一ヶ月？マルフォイはその間に学校中のマグル生まれの半分を襲ってしまうよ！」
ロンが言った。 しかし、またハーマイオニーの目がつり上がって来たので、ロンは慌てて付け足した。
「でも、今のところ、それがベストだな。全速前進だ」
ところがトイレを出るとき、ハーマイオニーが誰もいないことを確かめている間、ロンがハリーに囁いた。
「あした、君がマルフォイを箒から叩き落しゃ、ずっと手間が省けるぜ」
隣で、その話が聞こえたは吹き出した。