四人はいつの間にか、あの事件のあった廊下の端に来ていた。
現場はあのときと同じように人気がなく、ただ、猫がいないことと、壁を背にイスがぽつんと置かれていることが違った。
壁にはあいかわらず、文字が刻まれていた。
「あそこ、フィルチが見張っているところだ」
ロンが呟いた。
四人は顔を見合わせた。
「ちょっと調べたって悪くないだろ」
ハリーが何か手がかりはないかと、四つん這いになった。
「焦げ跡だ!焼け焦げてる!あっちにも――こっちにもある――」
ハリーが言った。
「来てみて!変だわ・・・・」
ハーマイオニーが呼んだ。
ハーマイオニーが指差した窓は蜘蛛の行列だった。
ひび割れた窓から、我先にと、蜘蛛が押し合いながら、這い出ている。
「クモがあんなふうに行動するの、見たことある?」
ハーマイオニーが不思議そうに言った。
「いいえ、ないわ」
がそう答えると、隣でハリーも首を振った。
「ううん。――ロン、君は?ロン?」
ハリーが振り返ると、ロンはずっと彼方にいて、逃げ出したいのを我慢しているようだった。
「どうしたんだい?」
ハリーが聞いた。
「僕――クモが――好きじゃない」
ロンの声が引きつっている。
「まさか!魔法薬で何度も使っているじゃない」
が心底驚いた顔でロンを見つめた。
「死んだやつなら構わないんだ」
ロンは、クモを見ないように目を逸らした。
「あいつらの動き方がイヤなんだ・・・・・」
ハーマイオニーとがおかしそうに笑った。
「何がおかしいんだよ」
ロンがむきになって言った。
「じゃあ、言うけど、僕が三つのとき、フレッドのおもちゃの箒の柄を折ったんで、あいつったら、僕のテディ・ベアを大蜘蛛に変えちゃったんだ。考えてみろよ。熊を抱いているときに急に足がニョキニョキ生えてきて・・・・・」
ロンは身震いをした。
の顔には同情の色が浮かんだが、やはり、ハーマイオニーと同じく、笑いを必死にこらえていた。
「ねぇ、水溜りのことだけど、あれ、どっからきた水だろう。誰かが、ふき取っちゃったけど」
「このあたりだった」
ロンはクモの話題から離れたことで、少し元気になったようで、椅子から少し離れたところの床を指差した。
「このドアのところだった」
ロンは真鍮の取っ手に手を伸ばしたが、急に手を引っ込めた。
「どうしたの?」
ハリーが聞いた。
「ここには入れない。女子トイレだ」
ロンが困ったようにとハーマイオニーを見た。
「あら、そこには誰もいないわ。『嘆きのマートル』の部屋だもん。いるとしたら、そうとうな物好きよ」
は何が面白いのか、クスクス笑った。
「そうね、いらっしゃい、覗いてみましょう」
「故障中」という札を無視して、ハーマイオニーがドアを開けた。
中は相変わらず、ひどいものだった。
鏡は割れ、ふちの掛けた石造りの手洗い場が並び、床は湿っぽい。
ハーマイオニーは一番奥まで歩いていくと、マートルを呼んだ。
残りの三人も小部屋を覗いた。
マートルはトイレの水槽の上でふわふわしながら、顎のにきびをつぶしていた。
「ここは女子トイレよ。この人たち、女じゃないわ」
マートルはロンとハリーを見た。
「実は女なの。オカマだか――」
「そんなわけないでしょう!私、この人たちに見せてあげたかったの。つまり――えっと――ここが素敵な場所だってこと」
を叱り、ハーマイオニーは苦しい言い訳をした。
「何かを見なかったか、聞いてみて」
ハリーがハーマイオニーに耳打ちした。
「何をこそこそしているの?」
マートルがハリーを見た。
「なんでもないよ。僕達、聞きたいことが・・・・・」
ハリーが慌てて言った。
「みんな、私の陰口を言うのは止めてほしいの」
マートルが涙で声を詰まらせた。
「わたし、死んでるけど、ちゃんと、感情はあるのよ」
「マートル、誰もあなたを傷つけようなんて思ってないわ。ハリーはただ――」
ハーマイオニーが言った。
「傷つけようと思ってないですって!ご冗談でしょう!」
マートルが喚いた。
「私の生きている間の人生って、この学校で悲惨そのものだった。今度はみんなが、死んだ私の人生を台無しにしようとやってくるのよ!」
「私たちはそんな目的で着たんじゃないわ。あなたが近頃何か変なもの見ていないか聞きに来たのよ」
が言った。
「あの夜、この辺りで、誰か見かけなかった?」
ハリーも聞いた。
「そんなこと、気にしていられなかったわ。ピーブズがあまりにも酷いものだから、わたし、ここに入り込んで自殺しようと思ったのそしたら、当然だけど、急に思い出したの。わたし、わたしって――」
「もう死んでた」
ロンが助け舟を出した。
マートルは悲劇的なすすり泣きと共に、空中に飛び上がり、向きを変えて、まっさかさまに便器の中に飛び込んだ。
「全く、あれでもマートルにしては機嫌がいい方なのよ・・・・・」
ハーマイオニーがぽかんと、口を開けているハリーとロンに言った。
「さあ、出ましょう。ここにいたって仕方ないわ」
がハーマイオニーの背中を押しながら、それに続き、ロンも出て行った。
そのとき、階段のてっぺんで大きな声が聞こえた。
「ロン!」
パーシーが立っていた。
「そこは女子トイレだ」
パーシーが息を呑んだ。
「君たち、一体何を?」
「ちょっと探していただけだよ、ほら、手がかりをね」
ロンが肩をすぼめて、なんでもないという身振りをした。
それを聞くと、パーシーは体を膨らませた。
「そこ――から――とっとと――離れるんだ」
パーシーは大またに近づくと、腕を振って、追い立てた。
「人が見たらどう思うか分からないのか?みんなが、夕食の席についているのに、またここに戻ってくるなんて。特に、君は疑われているんだぞ?」
「いいかい、僕達はあの猫に指一本触れてないんだぞ!」
ロンが怒鳴った。
「僕もジニーにそう言ってやったよ」
パーシーも語気を強めた。
「だけど、あの子は、それでも君たちが、退校処分になると思ってる。あんなに心を痛めて、目を泣き腫らしているジニーを見るのは初めてだ。少しは考えてやれ。一年生は、この事件で神経をすり減らしているんだ」
「兄さんはジニーのことを心配しているんじゃない」
ロンの耳が今や、真っ赤になりつつあった。
「兄さんが心配しているのは、首席になるチャンスを僕が台無しにするって事なんだ」
「グリフィンドール五点減点!」
パーシーは監督バッチを指でいじりながら言った。
「これでお前にはいい薬になるだろう。探偵ごっこはもう終わりにしろ。さもないと、ママに手紙を書くぞ!」
パーシーは大股で歩き去ったが、その首筋はロンの耳に負けず劣らず、真っ赤だった。
兄弟喧嘩には口出しすると怖いかも・・・・・(*_*;