「デザートがまだ残っているかもしれない」
玄関ホールに出る階段への道を切って歩きながら、ロンが祈るように言った。
そのとき、突然ハリーが立ち止まった。
「ハリー、いったいどうしたの?」
が振り向いた。
「またあの声なんだ――ロックハートの部屋で聞いた・・・・・――ちょっと黙ってて」
ハリーは壁に耳を近付けた。
「ほら、聞こえる!」
ハリーが急き込んで言った。
しかし、他の三人には聞こえない。
三人はハリーを見つめ、その場に凍りついた。
「こっちだ」
ハリーはそう叫ぶと階段を駆け上がって玄関ホールに出た。
そして一時止まったがまた階段を駆け上がり、二階に出た。
たちもハリーの不審な行動の後を追った。
「ハリー、いったい僕たち何を・・・・・」
ロンが言いかけるとハリーは煩いとばかりに睨んだ。
「誰かを殺すつもりだ!」
ハリーはまたそう叫ぶなり、三階への階段を上った。
そしと三階をくまなく飛び回った。
他の三人は息せき切って、ハリーのあとをついて回った。
角を曲がり、最後の誰もいない廊下に出たとき、ハリーはやっと動くのを止めた。
「ハリー、いったいこれはどういうことだい?」
ロンが額の汗を拭いながら聞いた。
「僕にはなんにも聞こえなかった・・・・・」
しかし、とハーマイオニーの方は、ハッと息を呑んで廊下の隅に釘付けになった。
は勇敢にもそれに近付いた。
窓と窓の間の壁に、高さ三十cmほどの文字が塗り付けられ、松明に照らされてチラチラと鈍い光を放っていた。
秘密の部屋は開かれたり
継承者の敵よ、気をつけよ
後ろからハリーたちも覗きこんだ。
「なんだろう――下にぶら下がっているのは?」
ロンの声はかすかに震えていた。
じりじりと近寄りながら、は危うく滑りそうになった。
床に大きな水溜まりができていたのだ。
後ろにいたハリーがを受けとめた。
「大丈夫?」
「うん、ありがとう」
文字に少しずつ近づきながら、四人は文字の下の、暗い影に目を凝らした。
一瞬にして、それがなんなのかわかった。
途端に四人はのけぞるように飛びのき、水溜まりの水をはねあげた。
管理人の飼い猫、ミセス・ノリスだ。
松明の腕木に尻尾を絡ませてぶら下がっている。
板のように硬直し、目はカッと見開いたままだった。
暫くの間、四人は動かなかった。
やおら、ロンが言った。
「ここを離れよう」
しかし、すでに時遅し。
パーティが終わって寮に帰る生徒達が階段を上がってくる音が聞こえた。
次の瞬間、生徒たちが廊下にワッと現れた。
前の方にいた生徒が猫を見つけた途端、沈黙が広がり、その傍らで四人が廊下の真ん中にポツンと取り残されていた。
そして、静けさを破って誰かが叫んだ。
「継承者の敵よ、気をつけよ!次はおまえたちの番だぞ、『穢れた血』め!」
マルフォイだった。
人垣を押し退けて最前列に進み出たマルフォイは、冷たい目に生気をみなぎらせ、いつもは血の気のない頬に赤みがさし、猫を見てニヤッと笑った。
「なんだ、なんだ?何事だ?」
マルフォイの大声を聞き付けてフィルチが人混みを押し分けてやってきた。
ミセス・ノリスを見た途端、フィルチは恐怖のあまりで顔を覆い、たじたじと後退りした。
「私の猫だ!私の猫だ!ミセス・ノリスに何が起こったというんだ?」
フィルチは金切り声で叫んだ。
そしてフィルチの飛び出した目が、ハリーを見た。
「おまえだな!」
叫び声は続いた。
「おまえだ!おまえが私の猫を殺したんだ!あの子を殺したのはおまえだ!俺がおまえを殺してやる!俺が・・・・・」
「アーガス」
ダンブルドアが他に数人の先生を従えて現場に到着した。
すばやく四人の脇を通り抜け、ダンブルドアは、ミセス・ノリスを松明の腕技からはずした。
「アーガス、一緒に来なさい。君たちもおいで」
ダンブルドアが呼び掛けた。
ロックハートがいそいそと進み出た。
「校長先生、私の部屋が一番近いです――すぐ上です――どうぞご自由に――」
「ありがとう、ギルデロイ」
人垣が無言のままパッと左右に割れて一行を通した。
ロックハートは得意気に、興奮した面持ちで、せかせかとダンブルドアのあとに従った。
マクゴナガルもスネイプもそれに続いた。
明かりの消えたロックハートの部屋に入ると、何やら壁面がアタフタと動いた。
目をやると、写真の中のロックハートが何人か、髪にカーラーを巻いたまま物陰に隠れた。
本物のロックハートは机のろうそくをともし、後ろに下がった。
ダンブルドアは、ミセス・ノリスを磨きたてられた机の上に置き、調べ始めた。
四人は緊張した面持ちで目を見交わし、灯りが届かないところで固まってじっと見つめていた。
ダンブルドアやマクゴナガルが調べている後ろでスネイプは漠然と、半分影の中に立ち、なんとも奇妙な表情をしていた。
まるでニヤリ笑いを必死でかみ殺しているようだった。
そしてロックハートとなると、みんなの周りをうろうろしながら、あれやこれやと意見を並べていた。
「猫を殺したのは呪いに違いありません。たぶん「異形変身拷問」の呪いでしょう。何度も見たことがありますよ。私がその場に居合わなかったのは、まことに残念。猫を救う、ぴったりの反対呪文をしっていましたのに」
ロックハートの話の合い手は、涙も枯れたフィルチが、激しくしゃくりあげる声だった。
ダンブルドアがようやく体を起こし、優しく言った。
「アーガス、猫は死んではおらんよ」
「死んでない?」
フィルチが声を詰まらせ、指の間から猫を見た。
「それじゃ、どうしてこんなに固まって、冷たくなって?」
「石になっただけじゃ。ただし、どうしてそうなったのか、わしには答えられん・・・・・」
ダンブルドアが答えた途端、フィルチは勢いよく叫んだ。
「あいつに聞いてくれ!」
フィルチは涙で汚れ、まだらに赤くなった顔でハリーを見た。
「二年生がこんなことを出来るはずがない」
ダンブルドアはキッパリと言った。
「最も高度な闇の魔術をもってして初めて・・・・・」
「あいつじゃなければブラックだ!あいつは闇の魔法使いの手先だ!あいつだったら闇の魔術が使える!ポッターがあいつに話したんだ!わたしが・・・・・わたしが・・・・・」
顔を真っ赤にしていたフィルチは口ごもりながらも言い切った。
「わたしが出来損ないの『スクイブ』だって知ってるんだ!」
「私、そんな話知らないし、石にする方法なんて知りません!私は闇の魔法使いの手先じゃない!それに、ハリーは何も話してない!」
も大声で言い返した。
「馬鹿な」
フィルチが吐き捨てた。
「校長、一言よろしいですかな」
陰の中からスネイプの声がした。
は思わず、よろしくないです、と呟いていた。
それが聞こえたのか、ハーマイオニーはの足を踏んだ。
「ポッターもブラックもその仲間も、単に間が悪くその場にいたのかもしれませんな」
自分ではそうは思わないとばかりに、スネイプは口元をかすかに歪めて冷笑していた。
「とはいえ、一連の疑わしい状況が存在します。だいたいなぜ連中は三階の廊下にいたのか?」
四人はいっせいに「絶命日パーティ」の説明を始めた。
「・・・・・ゴーストが何百人もいましたから、わたしたちがそこにいたと、証言してくれるでしょう」
「それでは、そのあとパーティに来なかったのは何故かね?」
スネイプの暗い目がろうそくの灯りで輝いた。
「なぜあそこの廊下に行ったのかね?」
「それは――」
四人は行き詰まった。
はどうにか正当な理由がないかと考えたが、やはり、スネイプを納得させる
のは至難の業のようだった。
「僕たち疲れたので、ベッドに行きたかったものですから」
の横でハリーが苦しい言い訳をした。
「夕食も食べずにか?」
スネイプは頬のこけ落ちた顔に、勝ち誇ったような笑いをちらつかせた。
「ゴーストのパーティで、生きた人間にふさわしい食べ物が出るとは思えんがね」
「僕たち、空腹ではありませんでした」
ロンがスネイプにそう言った瞬間、ロンの胃袋が空腹を知らせた。
スネイプがますます意地の悪い笑いを浮かべた。
「校長、ポッターとブラックが真っ正直に話しているとは言えないですな。すべてを正直に話してくれるまで彼らの権利を一部取り上げるのがよろしいかと存じます。我輩としては、彼らが告白するまでポッターはクィディッチ・チームから外し、ブラックは週末は寮からの外出は禁止などというのが適当かと思いますが」
「そうお思いですか、セブルス」
スネイプを遮り、マクゴナガルが会話に加わった。
「私には、この子らがクィディッチをするのを止めたり、外出を禁ずる理由が見当たりませんね。彼らが悪いことをしたという証拠は何一つないのですよ」
ダンブルドアが二人を見た。br>
はダンブルドアを見つめかえした。
「疑わしきは罰せずじゃよ、セブルス」
ダンブルドアがきっぱり言った。
スネイプはひどく憤慨し、またフィルチもそうだった。
「わたしの猫が石にされたんだ!刑罰を受けさせなけりゃ収まらん!」
フィルチの目は飛び出し、声は金切り声だ。
「アーガス、君の猫は治してあげられますぞ」
ダンブルドアが穏やかに言った。
「スプラウト先生が、最近やっとマンドレイクを手に入れられてな。十分に成長したら、すぐにもミセス・ノリスを蘇生させる薬を作らせましょうぞ」
「私がそれをお作りしましょう」
ロックハートが突然口を挟んだ。
「私は何百回作ったか分からないくらいですよ。『マンドレイク回復薬』なんて眠ってたって作れます」
「おうかがいしまますがね」
スネイプが冷たく言った。
「この学校では、我輩が魔法薬の先生のはずだが」
とても気まずい沈黙が流れた。
「帰ってよろしい」
ダンブルドアが四人に言った。
ロックハートに口をつぐむという言葉は似合いませんねw