Ghost ゴースト
十月がやってきた――校庭や城の中に湿った冷たい空気を撒き散らしながら。 校医のマダム・ポンフリーは、先生にも生徒にも急に風邪が流行しだして大忙しだった。 校医特製の「元気爆発薬」はすぐに効いた。 ただし、それを飲むと数時間は耳から煙を出し続けることになった。 ジニーはこのところずっと具合が悪そうだったので、パーシーに無理矢理この薬を飲まされた。 燃えるような赤毛の下から煙がモクモク上がって、まるでジニーの頭が火事になったようだった。
ある土曜日の午後、ハリーはボロボロになって談話室に帰ってきた。 そして、一旦寝室に戻り、着替を済ますと待ちきれないように話だした。
「ニックとさっき会ったんだ。そしたら10月31日にニックの絶命日パーティがあるらしいんだよ。だから僕、ニックと行く約束をしたんだけど――君達もよかったらどうぞって言われてる。行くかい?」
まず始めにハーマイオニーが反応した。
「絶命日パーティですって?生きているうちに招かれた人って、そんなに多くないはずだわ――おもしろそう!」
「自分の死んだ日を祝うなんて、どういうわけ?」
ロンは魔法薬の宿題が半分しか終わっていないので機嫌が悪かった。
「死ぬほど落ち込みそうじゃないか・・・・・」
「ニックはもう死んでいるわ」
が突っ込んだ。
ハロウィーンの日、七時になると四人は、金の皿やキャンドルの吸い寄せるような輝きや、大入り満員の大広間のドアの前を素通りして、皆とは違って、地下牢の方へと足を向けた。 「ほとんど首なしニック」のパーティへと続く道筋にもキャンドルが立ち並んではいたが、とても楽しい気分とはいえなかった。 ひょろりと長い真っ黒な細蝋燭が真っ青な炎をあげ、生きている四人の顔にさえ、ほの暗い幽かな光を投げ掛けていた。 階段を一段下りるたびに温度が下がった。 は身震いし、ローブを体にぴったり巻きつけたとき、巨大な黒板を千本の生爪で引っ掻くような音が聞こえてきた。
「あれが音楽のつもり?」
ロンが囁いた。 角を曲がると「ほとんど首なしニック」がビロードの黒幕を垂らした戸口のところに立っているのが見えた。
「親愛なる友よ」
ニックが悲しげに挨拶した。
「これは、これは・・・・・このたびはよくぞおいでくださいました・・・・・」
ニックは羽飾りの帽子をさっと脱いで、四人を中に招き入れるようにお辞儀した。
信じられないような光景だった。 地下牢は何百という、真珠のように白く半透明のゴーストでいっぱいだった。 そのほとんどが、混み合ったダンス・フロアをふわふわ漂い、ワルツを踊っていた。 黒幕で飾られた壇上でオーケストラが、三十本の鋸でワナワナ震える恐ろしい音楽を奏でている。 頭上のシャンデリアは、さらに千本の黒い蝋燭で群青色に輝いていた。 まるで冷凍庫に入り込んだようで、四人の吐く息が、鼻先に霧のように立ち上った。
「見て回ろうか?」
ハリーは足を暖めたくてそう言った。
「そうね。せっかく来たんだし・・・・・」
の顔は既に青白かった。
「誰かの体を通り抜けないように気を付けろよ」
ロンが心配そうに言った。 四人はダンス・フロアの端の方を回りこむように歩いた。 陰気な修道女の一団や、ボロ服に鎖を巻き付けた男がいたし、ハッフルパフに住む陽気なゴーストの「太った修道士」は、額に矢を突き刺した騎士と話をしていた。 スリザリンのゴーストで、全身銀色の血にまみれ、げっそりとした顔でにらんでいる「血みどろ男爵」は、他のゴーストたちが遠巻きにしていたが、はそれも当然だと思った。
「あーっ、いやだわ」
ハーマイオニーが突然立ち止まった。
「戻って、戻ってよ。『嘆きのマートル』とは話したくないの・・・・・」
「誰だって?」
急いで後戻りしながらロンが聞いた。
「マートルは三階の女子トイレに取り憑いているの」
ハーマイオニーが答えた。
「トイレに取り憑いてるって?」
ハリーが驚いたようにの顔を見た。
「そうなの。去年一年間、トイレは壊れっぱなしだったわ。マートルが癇癪を起こすんですもの。まぁ、壊れてなくても近寄らないけどね」
「見て。食べ物だ」ロンが言った。
地下牢の反対側には長テーブルがあり、これにも真っ黒なビロードがかかっていた。 四人は興味津々で近付いていったが、次の瞬間、ぞっとして立ちすくんだ。 吐気のするような臭いだ。 しゃれた銀の盆に置かれた魚は腐り、銀の丸盆に山盛りのケーキは真っ黒こげ、スコットランドの肉料理、ハギスの巨大な固まりには蛆がわいていた。 厚切りチーズは毛が生えたように緑色のカビで覆われ、一段と高いところにある灰色の墓石の形をした巨大なケーキには、砂糖のかわりにコールタールのようなもので文字が書かれていた。

ニコラス・ド・ミムジー・ポーピントン卿

1492年10月31日没

恰副のよいゴーストがテーブルに近づき、身をかがめてテーブルを通り抜けながら、大きく口を開けて、異臭を放つ鮭の中を通り抜けるようにしたのを、は驚いてマジマジと見た。
「食べ物を通り抜けると味がわかるの?」
ハリーも疑問に思ったのか、そのゴーストに聞いた。
「まあね」
ゴーストは悲しげに言うと、ふわふわと行ってしまった。
「つまり、より強い風味をつけるために腐らせたんだと思うわ」
ハーマイオニーは物知り顔でそう言いながら、鼻をつまんで、腐ったハギスをよくみようと顔を近付けた。
「行こうよ、気分が悪い」 ロンが言った。
しかし、四人が向きを変えるか変えないうちに、小男がテーブルの下から突然スィーッと表れて四人の目の前で空中に浮かんだまま停止した。
「やあ、ピーブズ」
ポルターガイストのピーブズは他のゴーストたちと比べ、目立っていた。 鮮やかなオレンジ色のパーティ用帽子をかぶり、くるくる回る蝶ネクタイをつけ、意地の悪そうな大きな顔いっぱいにニヤニヤ笑いを浮かべていた。
「おつまみはどう?」
猫撫で声で、ピーブズが深皿に入ったカビだらけのピーナッツを差し出した。
「いらないわ」
ハーマイオニーが言った。
「おまえが可哀想なマートルのことを話してるの、聞いたぞ」
ピーブズの目は踊っていた。
「おまえ、可哀想なマートルに酷いことを言ったなぁ」
ピーブズは深く息を吸い込んでから、吐き捨てるようにわめいた。
オーィ!マートル!
「あぁ、ピーブズ、だめ。わたしが言ったこと、あの子に言わないで。じゃないと、あの子とっても気を悪くするわ」
ハーマイオニーは大慌てで囁いた。
「わたし、本気でいったんじゃないのよ。わたし気にしてないわ。あの子が・・・・・あら、こんにちは、マートル」
ずんぐりした女の子のゴーストがスルスルとやってきた。 陰気くさい顔がダラーッと垂れた猫っ毛と、分厚い乳白色のメガネの陰に半分隠れていた。
「なんなの?」
マートルが仏頂面で言った。
「お元気?トイレの外でお会いできて嬉しいわ」
ハーマイオニーが無理に明るい声を出した。 マートルはフンと鼻を鳴らした。
「ミス・グレンジャーがたった今おまえのことを話してたよぅ・・・・・」
ピーブズがいたずらっぽくマートルに耳打ちした。
「あなたのこと――ただ――今夜のあなたはとっても素敵って言ってただけよ」
ハーマイオニーがピーブズを睨みつけながら言った。 マートルは「嘘でしょう」という目つきでハーマイオニーを見た。
「あなた、わたしのことからかってたんだわ」
むこうが透けて見えるマートルの小さな目から銀色の涙がみるみる溢れてきた。
「そうじゃない――ほんとうよ――わたし、さっか、マートルが素敵だって言ってたわよね?」
ハーマイオニーはにすがるように見た。
「え、あ、うん。言ってたわ、マートル」
「嘘言ってもダメ」
マートルは喉がつまり、涙が滝のように頬を伝った。 ピーブズはマートルの肩越しに満足げにケタケタ笑っている。
「みんなが陰で、わたしのことなんて呼んでるか、知らないとでも思ってるの?太っちょのマートル、ブスのマートル、惨め屋・うめき屋・ふさぎ屋マートル!」
「抜かしたよぅ、ニキビ面ってのを」
ピーブズがマートルの耳元でヒソヒソと言った。 マートルは途端に苦しげにしゃくりあげ、地下牢から逃げるように出て行った。 ピーブズはカビだらけのピーナッツをマートルにぶつけて、「にきび面!にきび面!」と叫びながらマートルを追い掛けて行った。
「なんとまあ」
ハーマイオニーが悲しそうに言った。 今度は「ほとんど首なしニック」が人ごみを掻き分けてふわふわとやってきた。
「楽しんでいますか?」
「ええ」
みんなで嘘をついた。
「ずいぶん集まってくれました」
ニックは誇らしげに言った。
「『めそめそ未亡人』は、はるばるケントからやってきました・・・・・そろそろ私のスピーチの時間です。向こうに行ってオーケストラに準備させなければ・・・・・」
ところが、その瞬間、オーケストラが演奏をやめた。 楽団員、それに地下牢にいた全員が狩りの角笛が鳴り響く中、シーンと静まり、興奮して周りを見回した。
「あぁ、始まった」
ニックが苦々しげに言った。 地下牢の壁から、一二騎の馬のゴーストが飛び出してきた。 それぞれ首なしの騎手を乗せていた。 観衆が熱狂的な拍手を送った。 馬たちはダンス・フロアの真ん中までギャロップで走ってきて、前に突っ込んだり、後脚立ちになったりして止まった。 先頭の大柄なゴーストは、顎鬚を生やした自分の首を小脇に抱えていて、首が角笛を吹いていた。 そのゴーストは馬から飛び降り、群集の頭越しに何か見るように、自分の首を高々と掲げた。 それから「ほとんど首なしニック」の方に大股で近づき、首を胴体にグイッと押し込むように戻した。
「ニック!」
吼えるような声だ。
「元気かね?首はまだそこにぶら下がっておるのか?」
男は思い切り高笑いして、ニックの方をパンパン叩いた。
「ようこそ、パトリック」
ニックが冷たく言った。
「生きてる連中だ!」
パトリック卿がハリー、ロン、、ハーマイオニーを見つけて、驚いたフリをしてわざと大げさに飛び上がった。 狙い通り、首がまた転げ落ちた。
「まことに愉快ですな」
ニックが沈んだ声で言った。
「ニックのことは、気にしたもうな!」
由香に落ちたパトリック卿の首が叫んだ。
「我々がニックを狩クラブに入れないことを、まだ気に悩んでいる!しかし、要するに――彼を見れば――」
「あの――」
突然、ハリーが話しに割り込んだ。 が驚いてハリーを見ると、ニックがハリーをじっと見ていた。 は一人で納得した。
「ニックはとっても――恐ろしくて、それで――あの・・・・・」
「ははん!」
パトリック卿の首が叫んだ。
「そう言えと彼に頼まれたな!」
「みなさん、ご静粛に。ひとこと私からご挨拶を!」
「ほとんど首なしニック」が声を張り上げ、堂々と演壇の方に進み、壇上に登り、ひやりとするようなブルーのスポットライトを浴びた。
「お集まりの、今は亡き、嘆かわしき閣下、紳士、淑女の皆様。ここに私、心からの悲しみをもちまして・・・・・」
そのあとは誰も聞いてはいなかった。 パトリック卿と「首なし狩クラブ」のメンバーが、ちょうど首ホッケーを始めたところで、客はそちらに目を奪われていた。 「ほとんど首なしニック」は聴衆の注意を引き戻そうとやっきになっていたが、パトリック卿の首がニックの脇を飛んでいき、みんながワッと歓声を上げたので、すっかりあきらめてしまった。
そしてもう寒さに限界になったが悲鳴をあげた。
「私、もう我慢出来ないわ、帰りましょうよ」
オーケストラがまた演奏を始め、ゴーストたちがするするとダンス・フロアに戻ってきた。
「僕も」
ロンも小さく呟いた。
「行こう」
ハリーも同じ思いだった。 誰かと目が会うたびにニッコリと会釈しながら、四人は後退りして出口へと向かった。
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いろんなゴーストたちと知り合いになりました・・・・・ね?笑