そこにいたのはクィレルだった。
「あなたが!」
ハリーは息を飲んだ。
クィレルは笑いを浮かべた。
その顔はいつもと違い、痙攣などしていなかった。
「私だ」
落ち着き払った声だ。
「ポッター、君にここで会えるかもしれないと思っていたよ。なあ、?」
「なれなれしく人のファーストネームを呼ばないでください」
はピシャリと言った。
「はっきり言って、おまえは小賢しかった・・・・・セブルスに助けを求めた・・・・・まあ、無駄だったようだが」
クィレルは独り言のようにを見ながらそう呟いた。
「しかし、今宵は誰もおまえたちを助けるものなどいない」
ハリーは未だ、事態を飲み込めないようで呆然としていた。
「がスネイプに助けを求めた?どうして?」
「仕方なかったのよ。ダンブルドアもいないし、マクゴナガル先生も聞いてはくれなかった。それに、パパたちにフクロウ便を送るにはもう遅すぎたわ」
が申し訳なさそうにハリーを見た。
そのとき、クィレルが指をパチンとならし、縄がハリーとの体に固く巻きついた。
「さあ、二人とも・・・・・そこで大人しく待っておれ。このなかなか面白い鏡を調べなくてはならないからな」
そのとき、初めて二人はクィレルの後ろにあるものに気がついた。
「、あれがみぞの鏡さ」
ハリーはこっそり、に耳打ちした。
「この鏡が『石』を見つける鍵なのだ」
クィレルは鏡の枠をコツコツ叩きながら呟いた。
「ダンブルドアなら、こういうものを考え付くだろうと思った・・・・・しかし、彼は、今ロンドンだ・・・・・帰ってくる頃には、私はとっくに遠くに行ってしまう・・・・・」
クィレルは低い声でののしった。
「いったいどうなってるんだ・・・・・『石』は鏡の中にうまっているのか?鏡を割ってみるか?ご主人様、助けてください!」
別の声が答えた。
しかも声はクィレル自身からでてくるようだった。
二人はゾッとした。
「ポッターだ・・・・・ポッターを使うんだ・・・・・」
クィレルが突然ハリーの方を向いた。
「わかりました・・・・・ポッター、ここへ来い」
手を一回パンと打つと、ハリーを縛っていた縄が落ちた。
ハリーはノロノロと立ち上がった。
「さっさとここへ来るんだ」
クィレルが言った。
「鏡を見て何が見えるかを言え。妙な真似をするなよ。こっちにはがいる」
ハリーはクィレルの方に歩いていった。
「どうだ?」
クィレルが待ちきれずに聞いた。
「何が見える?」
「僕がダンブルドアと握手をしているのが見える。僕・・・・・僕のおかげでグリフィンドールが寮杯を獲得したんだ」
はハリーの声が震えているのを感じとった。
「そこをどけ」
クィレルがまたののしった。
クィレルが鏡を覗いている間にハリーはのもとに来た。
「ハリー・・・・・」
「いいかい、ここから逃げるんだ。今ならクィレルは気付かない」
そういってハリーはの縄をほどいた。
しかし、その瞬間クィレルが唇を動かしていないのに高い声が響いた。
「こいつは嘘をついている・・・・・嘘をついているぞ・・・・・」
「ポッター、ここに戻れ!本当のことを言うんだ。今、何が見えたんだ?」
クィレルが叫んだがハリーは動かなかった。
すると再び高い声がした。
「わしが話す・・・・・直に話す・・・・・」
「ご主人様、あなた様はまだ十分に力がついていません!」
「このためなら・・・・・使う力がある・・・・・」
クィレルがターバンをほどき始めた。
ターバンをかぶらないクィレルの頭は奇妙なくらい小さかった。
クィレルはその場でゆっくりと体を後ろむきにした。
ハリーもも恐怖で声が出なかった。
クィレルの頭の後ろにはもう一つの頭があった。
ハリーがこれまで見たこともないほどの恐ろしい頭が。
蝋のように白い顔、ギラギラと血走った目、鼻孔はヘビのような裂目になっていた。
「ハリー・ポッター・・・・・・ブラック・・・・・」
声がささやいた。
「このありさまを見ろ」
顔が言った。
「ただの影と霞に過ぎない・・・・・誰かの体を借りて初めて形になることができる・・・・・しかし、常に誰かが、喜んでわしをその心に入り込ませてくれる・・・・・この数週間は、ユニコーンの血がわしを強くしてくれた・・・・・忠実なクィレルが、森の中で私のために血を飲んでいるところを見ただろう・・・・・命のみずさえあれば、わしは自身の体を創造することが出来るのだ・・・・・さて・・・・・ポケットにある『石』をいただこうか」
はハリーを見上げた。
ハリーもを見た。
二人の目には決意の色がうかがえた。
「さあ『石』をよこせ」
「やるもんか!」
ハリーとは炎のもえさかる扉にむかって駆け出した。
「捕まえろ!」
ヴォルデモートが叫んだ。
しかし次の瞬間、クィレルの叫び声が響いた。
何故かクィレルの手に火ぶくれができていた。
「捕まえろ!捕まえろ!」
ヴォルデモートがまた甲高く叫んだ。
クィレルはハリーに飛びかかった。
はハリーを助けようとクィレルを蹴り飛ばそうとしたが、そんなことは必要なかった。
クィレルは未だにハリーを床に押さえ付けていたが、自分の両手だけはハリーから離していた。
その手は真っ赤に焼けただれ、皮がベロリとむけていた。
どうやら火ぶくれはハリーが原因らしかった。
「それなら殺せ、愚か者め、始末してしまえ!」
ヴォルデモートが鋭く叫んだ。
クィレルは手をあげて死の呪いをかけはじめた。
「ハリー、クィレルに抱きつくのよ!彼はあなたに触れられない。口を塞いで!」
はヴォルデモートに負けじと叫んだ。
ハリーはに頷いてみせると手を伸ばし、クィレルの顔をつかんだ。
「あああアアァ!」
クィレルは転がるようにハリーから離れた。
顔も焼けただれていた。
しかし、ハリーは飛び起きて、今度はクィレルの腕を捕まえ、強くしがみついた。
ハリーもクィレルも強い痛みに顔をゆがめていた。
そのときだった。
炎のもえさかる扉からダンブルドアが現れた。
彼は部屋を見回し、一瞬でどういう状態なのか理解するとハリーとクィレルを引き離した。
「ハリー!」
はハリーのところにかけつけた。
怪我はないようだが、衰弱しきっているようですでに意識はなかった。
「ダンブルドア・・・・・」
あのヴォルデモートの冷たい響きが部屋に蘇った。
「久しぶりだ・・・・・しかし今はまだ長話をするときではない・・・・・楽しみは今度にしておこう」
そういうと部屋からはヴォルデモートの気配がなくなってしまった。
「、大丈夫かね?」
ダンブルドアは怒る様子もなく、を優しくみた。
「あの、クィレル・・・・・先生は?」
はダンブルドアを見つめかえした。
「ちぃっと遅かったようじゃ。彼を死なせてしまった」
「でも、あの人は・・・・・」
「逃げおおせたよ、。さて、わしからいくつか質問があるのじゃが、いいかね?」
ダンブルドアはの好奇心を抑えるためか、無理矢理に話をそらせた。
「今、『石』はどこにあるのかね?」
は心の中でハリーに謝りながら、彼のポケットを探り、「石」を取り出した。
「・・・・・ありがとう。では地上に戻るとしよう」
ダンブルドアはから「石」を受け取った。
そのあと、どうやって戻ったのかあまり覚えていない。
気づいたらハリーは医務室に連れられて行っていて、自分は校長室にいた。
「もうすぐ君とハリーの父上が来る。わしが連絡したのじゃ――これを飲むとよい。体が暖まるよ」
ダンブルドアはに紅茶をいれた。
彼の言う通り、が飲むと体が暖まり、忘れていた安心感が蘇った。
ダンブルドアの登場です。