は地面に叩きつけられるのを感じた。顔が芝生に押し付けられ、草いきれが鼻腔を満たした。移動キーに運ばれている間、は目を閉じていた。そしていまも、そのまま目を閉じていた。は動かなかった。体中の力が抜けてしまったようだ。頭がひどくズキズキして、体の下で地面が、船のデッキのように揺れているような感じがした。
信じられなかった。は今自分がリアルな夢の中にいて、あと五分もしたら目が覚めて、グリフィンドール寮の温かいベッドの上でありたいと思った。しかし、頭のずきずきとする痛みや、芝生のにおい、そして耳を聾するばかりの音の洪水が、これが現実であることを示していた。
右にいたハリーがひっくり返った衝動を感じ、するとも肩に温かい人の体温を感じ、仰向けにされた。
「!」
は目を開いたが、月の光が逆光になり、思わず目を細めた。シリウスかと思ったが、それはジェームズだった。
「大丈夫か!」
ジェームズの顔は蒼白だった。
はぼんやりとその顔を眺め、隣でハリーがダンブルドアとファッジにヴォルデモート復活の事実を告げているのが聞こえてきた。
「あいつが、よみがえった?」
ジェームズは思わずハリーを見た。
「本当なんだ、父さん」
ハリーの囁きが聞こえ、そしてその声に重ねるようにファッジの叫びが聞こえた。
「ダンブルドア――死んでいるぞ!」
同じ言葉が繰り返された。周りに集まってきた人々の影が、息を呑み、自分の周りに同じ言葉を伝えた・・・・・叫ぶように伝える者――金切り声で伝える者――言葉が夜の闇に伝播した。
「死んでいる!」
「死んでいる!」
「セドリック・ディゴリーが!死んでいる!」
はぎゅっと優勝杯を握りしめ、上半身を起こし、ファッジを、その周りの人々を睨みつけた。
「死んでない!まだセドリックは助かるんだ!だって――セドリックは死んでなんかいないんだ!」
「、やめなさい!」
ファッジはを落ちつけようと手を伸ばしたが、はファッジに優勝杯を投げつけた。
「うるさいバカ!セドリックは死んでなんかいない!まだ間に合うんだ!」
「ブラック」
マクゴナガル先生はに近づこうとしたが、それよりも早く、の肩に手がおかれた。
「、もう助けることはできんのじゃ。終わったのじゃよ」
ダンブルドアだった。
「うるさい!終わってなんかいない!セドリックは――だって・・・・・まだ間に合うんだから!お願いだから助けてあげてよ!」
「、やめるんじゃ」
ダンブルドアの蒼い目に見つめられ、はギュッと下唇を噛み、うつむいた。
「セドリックは・・・・・まだ生きてるんだ・・・・・」
が呟いた。
「もうよい、・・・・・さあ・・・・・」
ダンブルドアはかがみこんで、痩せた老人とは思えない力でを抱き起こし、立たせた。
「は医務室に連れていくべきじゃ――」
「ダンブルドア、私が連れて行きます」
ダンブルドアとは違った優しく暖かな手がの手を握った。そして、はその手をぎゅっと握り返した。
「そうじゃの、リリー。頼みましたぞ」
ダンブルドアのその言葉に見送られながら、はゆっくりとリリーと歩き出した。群衆はを興味津々に見るか、おびえて道をあけるかの二手に分かれた。はリリーが何も聞かず、黙っていてくれているのがありがたかった。
医務室に着くと、リリーはダンブルドアからの言付での手当てと、ベッドで休ませるよう、マダム・ポンフリーに言った。マダム・ポンフリーもわけがわからない様子だったが、校長先生の言付とあらば、とを黙って手当てし、ベッドに寝かせた。そして、ベッドのカーテンを閉め、その場を去る足音がした。
「気分は?」
マダム・ポンフリーが事務所に引っ込むと、リリーがの枕元でそう聞いた。
「――うん・・・・・」
はリリーの目から逃げるように反対側を向いた。包帯を巻いても頭が少し痛い。しかし、それよりもは心臓のあたりになにかぽっかりとあいたような、遣る瀬なさというか、無力感というか、そのようなものが自分の体を蝕んでいるのを感じていた。
「泣いていいのよ」
「うん・・・・・」
しかし、はなぜか涙が出なかった。むしろ目が乾いてしまっているような気がした。
「そばにいるから」
暖かい手が頭にのせられ、優しく撫でられるのが分かった。
五分もしただろうか、医務室の外が騒がしくなり、聞きなれた声が聞こえた。
「!ここにいいるのは分かっているのよ、!」
「ママ!ここは医務室だよ!はきっと怪我をしてるんだ、静かにしないと」
「になにがあったの!は代表選手でもなんでもないのに!」
「僕、が頭から血を流してるのが見えたんだ!きっと重症だよ!」
そんな喚き声に負けないように、マダム・ポンフリーが静かにするように言っているのが聞こえた。
「モーリーとビル、ハーマイオニーにロンね。あなたのことが心配でお見舞いにきたみたいね」
少し待ってて、とリリーは立ち上がり、カーテンの向こう側へ行った。は反対側を向くと、カーテン越しにリリーのシルエットが見え、どうやら四人を医務室の中に入れてあげるようにマダム・ポンフリーに交渉しているようだった。
「――ただし、カーテン越しよ」
リリーの声がして、カーテン越しに五つのシルエットが見えた。どうやらリリーの後押しもあり、ロンたちは医務室の中に入れたようだった。
「あぁ、、大丈夫?ううん、大丈夫じゃないわよね。一体何が起こったの?」
ウィーズリーおばさんは、涙声でそう聞いた。しかし、は答えなかった。なにがあったのか、自身だってよくわからない、否、わかりたくない。
「お願い、返事して。私、あなたが心配だわ!大丈夫?無事なの?」
ウィーズリーおばさんのしゃくりあげる声をバックに、ハーマイオニーの必死な声がした。は仰向けになり、天井を眺めながら、小さく、うんと返事した。ほっとするような安堵の声が聞こえ、ウィ―スリーおばさんとハーマイオニーのすすりあげる音がした。
そのとき、医務室のドアをノックする音がし、一番背の高いシルエットが動いた。たぶんビルだろうとは思った。
「ルーピン先生!」
ロンの驚く声がし、の胸がなぜだがきゅっとなった。
「リリー、は?」
女の人の声も聞こえ、はその声を聞き、だと分かった。来てくれた、は拳を握りしめた。
「今横になってるわ。もリーマスもどうしたの?」
「ジェームズから連絡をもらった。リリー、ダンブルドアの部屋へ向かってくれ。あいつもいるはずだ。こっちはわたしたちがいるから」
リリーらしき影が頷くのが横眼で見えた。そして、カーテンの中にリリーが入ってきて、に言った。
「とリーマスが来たわ。私は少しの間外に行くけど、待っていてね」
リリーはの頬にキスするととリーマスと入れ替えにカーテンの外に出た。そして、医務室の扉が開く音がし、そして閉まる音がした。
「怪我をしたのね」
包帯の上からやさしく頭を撫で、はの枕元に腰かけた。
「リーマスも立ってないで座ったら?」
「わたしはいいよ。立っていたほうがなにかと便利だ」
そう言いながら、リーマスは、寝返りをうってぐちゃぐちゃになったの布団をかけなおした。
「よく頑張ったわ」
は何も聞かず、そう言った。
「自慢の娘よ」
「・・・・・私、なんにもできなかった」
はじっとを見つめた。
「ただ連れていかれて、ただその場所にいて、ただ眺めていて・・・・・それで――」
は悔しいのに、悲しいのに涙が出ず、じっと天井を睨みつけた。
「私、ただ見ていただけだった。ハリーは戦っていたのに!私は!――ただ、そこにいただけで!・・・・・なんにもできなかった!助けたかったのに!」
はそのとき、初めて涙が出た。そして声を上げて泣いた。
が優しくを抱き起こし、ギュッと抱きしめた。リーマスがベッドに腰掛け、の肩にあるの頭を優しく撫でた。
は声が、涙が枯れるまで泣き続けた。ときどき、あやすようにが背中をポンポンと叩いてくれた。安心させるようにリーマスがの手を握ってくれた。
ボロボロになった心を癒せるのはただ一人。