Flesh, Blood and Bone 骨肉そして血
晩餐会ではルード・バグマンとコーネリウス・ファッジが教職員テーブルについていた。バグマンはウキウキしているようだったが、コーネリウス・ファッジは、マダム・マクシームの隣で、厳しい表情で黙りこくっていた。マダム・マクシームは食事に没頭していたが、にはマダムの目が赤いように思えた。ハグリッドが同じテーブルの端からしょっちゅうマダムのほうに目を走らせている。
食事はいつもより品数が多く、はこの後の試合のことも忘れ、すべての皿に手をつけた。魔法をかけられた天井が、ブルーから日暮れの紫に変わり始めたとき、ダンブルドアが教職員テーブルで立ち上がった。大広間がシーンとなった。
「紳士、淑女の皆さん。あと五分経つと、皆さんにクィディッチ競技場に行くように、わしからお願いすることになる。三大魔法学校対抗試合、最後の課題が行われる。代表選手は、バグマンしに従って、今すぐ競技場に行くのじゃ」
ハリーが立ち上がった。グリフィンドールのテーブルからいっせいに拍手が起こった。も力いっぱい手をたたき、声援を送った。みんなに激励され、ハリーはセドリック、フラー、クラムと一緒に大広間を出た。そして、代表選手の背中が見えなくなるまで拍手は続き、拍手が止むとダンブルドアは話を再開した。
「さて、代表選手のご家族の方々には審査員席のすぐ後ろの特設スタンドを用意させておる。生徒たちが移動し終わってからご案内するとしよう。そのままでお待ちくだされ――それでは紳士、淑女の皆さん、そろそろ移動の準備を願いたい。用意の出来た者からクィディッチ競技場に向かうとしようかのう」
それを合図に各テーブルで一斉に生徒が立ち上がる音がし、みんな競技場へと向かった。誰もが最後の試験を良い席で見たいのだ。
そんな中、はジェームズとそばを離れないと約束した手前、席を立たず、ジェームズの考える姿をじっと見ていた。ハーマイオニーもロンもに先に行っている、と言ってすでにスタンドへ移動してしまった。
「うーん、どうにかしても一緒に特設スタンドへ入れないかな?」
「そうねえ」
リリーも一緒になって頭を捻るが、良い案はないようだった。
「やっぱり、この際、堂々と正面から一緒に入ろうか、
ニコッとジェームズがに笑いかけた途端、の背後から聞きなれた低い唸り声がした。
「ジェームズ、そいつは無理だな。ブラックはここの生徒だ。一人だけ特別扱いをするわけにはいかん」
ムーディだった。そして、ムーディは事情を知っているらしく、ニヤッと笑って続けた。
「しかし、ダンブルドアもブラックの身の安全のことは心配しておった。そこでだ、スタンドまでわしが責任をもって連れて行こう。スタンドに入ってしまえば、ダンブルドアもその他の腕利きの魔法使いもいるので安全だろう」
ジェームズはしばらく考えたのち、ムーディの言葉に頷き、にほほ笑んだ。
、本当にごめんね。さっき約束したばかりだけど、さっそくもう一緒にいられないみたいだ。だけど、すぐ近くには僕がいるから、なにかあったら全力で僕の名前を呼ぶんだよ。すぐに飛んで行くからね」
「大丈夫よ、ジェームズ。私のことは心配しないで。それよりハリーの応援してあげてね」
にそう言われ、ジェームズはそれもそうかと笑うと、今度はムーディを見た。
「じゃあ、アラスター、をよろしく頼む」
ああ、とムーディは返事をすると、を立たせ、歩きだした。もう大広間にはほとんど生徒は残っていなかった。
しかし、ムーディが念には念を入れて競技場まで行くというので、はムーディと一緒に中庭に一度立ち寄った。
「先生、でも、もうそろそろ行かないと試験が始まりませんか?」
は、辺りを警戒して注意深く見まわすムーディに声をかけた。
「む。それもそうだな。しかし、ブラック、競技場に行く前に頼みがあるのだが」
何でしょう、とが聞くと、ムーディはポケットから短剣を取り出した。
「これを届けてほしい」
はムーディの頭がウイルスか何かにやられてしまったのかと思った。
「あの、どういうことでしょうか?」
「すぐにわかる。早く受け取るのだ」
有無を言わせぬムーディの口調に、は仕方なく短剣を受け取った。
「でも、先生、誰に届けたら――」
そのとき、突然臍の裏側が前方にグイッと引っ張られ、両足が宙に浮いた。は危険を感じ、短剣を手放そうとしたが、手から離れない。は、ムーディらしからぬ笑い声とともに風の唸りの中を移動していった。

すぐにそのときはやってきた。は足が地面に着くのを感じ、前のめりに倒れこんだ。やっと短剣が手から離れた。顔を上げると、暗い、草ぼうぼうの墓場にいるのだと分かった。は立ち上がり、杖をとり出して辺りを見回した。右手にイチイの大木があり、そのむこうに小さな教会の黒い輪郭が見えた。左手には丘が聳え、その斜面に堂々とした古い館が立っている。辛うじて館の輪郭だけが見える。
「ここは一体どこなの?」
は少し考えると、とにかくジェームズたちに知らせようと守護霊を送った。
「それにしたって、ムーディは一体どうしたのかしら。まるで別人のように・・・・・」
は自分が意外にも冷静でいられることが不思議だった。絶対に何かが起こる、といつも考えていた所為かもしれない。もしくは、ジェームズたちが必ず助けてくれると信じている所為かもしれない。
「これからどうしいようかしら。大体、この短剣は誰のなの?」
俺様のだ、・ブラック
甲高い声がして、は声のした方に顔を向け、杖を構えるとそこにはフードを被った小柄な男がいた。手には何かの包みを持っている。
誰?
は鋭い眼差しを向けた。
しかし、フードを被った男は何も答えず、黙って包みを地面に置くと、杖を構えた。もより一層握りしめ、心を落ち着けた。
クルーシオ!苦しめ!
は不意を突かれた。それはフードを被った男ではなく、地面にある包みの中から発せられたものだった。
これまで経験したどんな痛みをも超える痛みがを襲った。は地面に倒れこみ、悲鳴を上げた。終わってほしい、気を失えたらどんなに楽か。は死んでしまいたいとさえ、思った。
するとそれは過ぎ去った。はぐったりと地面に横たわり、呼吸を整えるので精一杯だった。
この短剣は今夜の儀式のために用意させたものだ。届けてくれた礼だけは言おう、・ブラック
その声はどうやら包みから聞こえてくる。一方でフードを被った男は無言での手に握られていた短剣を手にした。そのとき、星明りに照らされて、男の手が目に入った。指が一本ない。
「ピーター・ペティグリュー!」は絶句した。
しかし、ピーターは何も答えない。は素早く杖を構えるとピーターに向けた。
「ステューピ――」
クルーシオ!
が唱えきる前に、またもや磔の呪文が発せられた。そして、それが終わると、の体力が回復しないうちに、ピーターは縄を巻きつけ、が身動き取れないようにした。そして、の杖を投げ捨てると、を大理石の墓の方へ運び、転がした。
今夜の儀式にはもう一人ゲストを呼んである・・・・・もうすぐ着くはずだ
その声と同時に、ドサッという音が離れた場所でして、不安そうな声が囁かれるのがわかった。
ワームテール
包みの声に従い、ワームテールはそちらに向かって歩いて行った。そして、突然のことだった。
よけいな奴は殺せ!
緑の閃光が走り、何かが倒れる音がした。そして、今度は何かを引きずる音がする。首を捻り、だんだんとワームテールの姿が視界に入り、そして引きずっているものが目に入った。
「ハリー!どうして!」
ハリーもがここにいることに驚きを隠せないようだった。
「ポートキーだったんだ!優勝杯に触ったとたん、セドリックと一緒にここまで連れてこられて――」
「彼はどこ?」
は何か嫌な予感がして、ハリーの言葉をさえぎってそう聞いた。
よけいなやつはいらない!
再び、包みから冷たい声が割り込んできた。ハリーはワームテールに墓石にくくりつけられ、声が出せないように黒い布を口に押し込まれていた。
「彼を・・・・・殺したの?
しかし、の問いかけには答えが返ってこなかった。
ワームテールのゼイゼイという荒い息遣いが一段と大きくなってきた。何か重いものを動かしているようだ。やがてワームテールが二人の視野の中に入ってきた。石の大鍋を押して、墓の前まで運んでいた。何か水のようなものでなみなみと満たされている――ピシャピシャと撥ねる音が聞こえた――これまで使ったどの鍋よりも大きい。巨大な石鍋の胴は大人一人が十分、中に座れるほどの大きさだ。
地上におかれた包みは、何かが中から出たがっているように、ますます絶え間なくもぞもぞと動いていた。ワームテールは、今度は鍋の底のところで杖を使い、忙しく動いていた。突然パチパチと鍋底に火が燃え上がった。
鍋の仲の液体はすぐに熱くなった。表面がボコボコ沸騰し始めたばかりでなく、それ自身が燃えているかのように火の粉が散り始めた。湯気が濃くなり、火加減を見るワームテールの輪郭がぼやけた。包みの中の動きがますます激しくなった。そして、あの甲高い冷たい声が聞こえた。
急げ!
いまや液面全体が火花で眩いばかりだった。ダイヤモンドをちりばめてあるかのようだ。
「準備ができました。ご主人様」
ご主人様、ですって?」
はまさかという思いでいっぱいだった。
さあ・・・・・」冷たい声が響く。
ワームテールが地上に置かれた包みを開き、中にあるものが顕になった。は息をのんだ。
まるでワームテールが地面の石を引っくり返し、その下から、醜い、べっとりした、目の見えない何かをむき出しにしたようだった――いや、その百倍も悪い。ワームテールが抱えていたものは、縮こまった人間の子供のようだった。ただし、こんなに子供らしくないものは見たことがない。髪の毛はなく、鱗に覆われたような、赤むけのどす黒いものだ。手足は細く弱々しく、その顔は――この世にこんな顔をした子供がいるはずがない――のっぺりと蛇のような顔で、赤い目がギラギラしている。
そのものは、ほとんど無力に見えた。細い両手を上げ、ワームテールの首に巻きつけると、ワームテールがそれを持ち上げた。そのときフードが頭からずれ落ち、ワームテールの弱々しい青白い顔が火に照らされた。その生き物を大鍋の縁まで運ぶとき、ワームテールの顔に激しい嫌悪感が浮かんだのが見えた。一瞬、二人の目に、液体の表面に踊る火花が、邪悪なのっぺりした顔を照らし出すのが映った。それから、ワームテールはその生き物を大鍋に入れた。ジュッという音とともに、その姿は液面から見えなくなった。弱弱しい体がコツンと小さな音を立てて、鍋底に落ちた。
ワームテールが何か言葉を発している。声は震え、恐怖で分別もつかないかのように見えた。杖を上げ、両目を閉じ、ワームテールは夜の闇に向かって唱えた。
父親の骨、知らぬ間に与えられん。父親は息子を蘇らせん!
突然、ハリーの足元の墓の表面がぱっくり割れた。
「ハリー!」は首をそり返し、ハリーを見た。
ワームテールの命ずるままに、細かい塵、芥が中を飛び、静かに鍋の中に降り注ぐいだ。ハリーの目は恐怖に駆られながらも、それを見ていた。ダイヤモンドのような液面が割れ、シュウシュウと音がした。四方八方に火花を散らし、液体は鮮やかな毒々しい青に変わった。
ワームテールは、今度はヒーヒー泣きながら、マントから先ほどから取り上げた細長い銀色に光る短剣を取り出した。ワームテールの声が恐怖に凍りついたようなすすり泣きに変わった。
しもべの――肉、――よ、喜んで差し出されん。――しもべは――ご主人様を――蘇らせん
ワームテールは右手を前に出した――指が欠けた手だ。左手にしっかり短剣を握り――振り上げた。
「やめて!」
は目を固く閉じたが、夜を劈く悲鳴に耳をふさぐことができなかった。ワームテールの絶叫が辺りに響いた。何かが地面に倒れる音、ワームテールの苦しみ喘ぐ声、何かが大鍋に落ちるバシャッといういやな音が聞こえた。は目を開ける気になれなかった・・・・・しかし液体はその間に燃えるような赤になり、その明かりが、閉じた瞼を通して入ってきた。
敵の血、・・・・・力ずくで奪われん。・・・・・汝は・・・・・敵を蘇らせん
はワームテールのその言葉に、はっとしてハリーの方に目をやった。
「ハリー!逃げて!
はもがいたが、縄は緩みもしなかった。ワームテールの銀色に光る短剣がハリーを貫く直前、ハリーと目が合った。
やめて!
その切っ先が、ハリーの右腕の肘の内側を貫くのを見た。鮮血が切れたローブの袖に滲み、滴り落ちた。ワームテールは痛みに喘ぎ続けながら、ポケットからガラスの薬瓶を取り出し、ハリーの傷口に押し当て、滴る血を受けた。
ハリー!
が叫んだ。先程よりもいっそう激しくもがき、すると縄が突然ほどけた。
はよろけながらも立ち上がり、ハリーに駆け寄った。
「ハリー、ねえ大丈夫?」
はハリーの前髪をかきあげ、その顔を覗きこんだ。
「君は?大丈夫なの?
しかし、ハリーは質問には答えず、じっとを見つめた。
「私は大丈夫よ。早くホグワーツへ戻りましょう。ジェームズたちには攫われたことをもう伝えてあるわ。もうすぐ助けにきてくれるはずよ」
は早口でそういうとハリーの傷口に手をあてた。すると、ハリーの右腕の肘の内側がほのかに光り、ハリーの表情が驚いた顔になった。
「血が、止まった」
「私、二年生の冬、家に帰った時にパパやジェームズたちに魔法を教えてもらっていたの。だから、守護霊だって呼び出せるし、簡単な呪文ならお手の物だわ。ただもう一つ、そのときに分かったことがあるの。私、生まれつき、傷を癒す能力が備わっていたの」
そのとき、大鍋から四方八方にダイヤモンドのような閃光が放たれた。二人はそちらに目を奪われてしまった。その目も眩むような明るさに、周りのものすべてが真っ黒なビロードで覆われてしまったように見えた。
突然、大鍋から出ていた火花が消えた。その代わり、濛々たる白い蒸気がうねりながら立ち上ってきた。濃い蒸気が目の前のすべてのものを隠した。立ち込める蒸気で、ワームテールも、隣にいるハリーさえも何も見えない。
すぐにそのときはやってきた。大鍋の中から、ゆっくりと立ち上がったのは、骸骨のようにやせ細った、背の高い男の黒い影だった。
「ローブを着せろ」
蒸気のむこうから、甲高い冷たい声がした。ワームテールは、すすり泣き、呻き、手首のなくなった腕を庇いながらも、慌てて地面に置いてあった黒いローブを拾い、立ち上がって片手でローブを持ち上げ、ご主人様の頭から被せた。
痩せた男は、二人をじっと見ながら大鍋を跨いだ。はあの夢を思い出した――近々、君は間違いなく僕と再会する日がくる・・・・・このことだったのか・・・・・。リドルとは似ても似つかないその骸骨よりも白い顔、細長い、真っ赤な不気味な目、蛇のように平らな鼻、切れ込みを入れたような鼻の穴・・・・・。
ヴォルデモート卿は復活した。
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俺様復活祭。