◆
◆
◆
Clairvoyant vibration 透視振動
ベルが鳴った。四人はフリットウィック先生の戸棚に急いでクッションを押し込み、そっと教室を抜け出した。
「それじゃ、ハリー、また夕食のときにね」
ハーマイオニーはそう言うと「数占い」授業に行った。ハリーとロンとは北塔の「占い学」の教室に向かった。金色の眩しい日光が高窓から差し込み、廊下に太い縞模様を描いていた。空はエナメルを塗ったかのように、明るいブルー一色だった。
「トレローニーの部屋は蒸し風呂だぞ。あの暖炉の火を消したことがないからな」
天井の撥ね戸の下に伸びる銀の梯子に向かって、階段を上りながら、ロンが言った。
そのとおりだった。ぼんやりと明かりの灯った部屋はうだるような暑さだった。香料入りの日から立ち昇る香気はいつもより強く、は頭がくらくらしながら、カーテンを閉め切った窓に向かって歩いて行った。トレローニー先生がランプに引っかかったショールを外すのにむこうを向いた隙に、はほんのわずか窓を空け、チンツ張りの肘掛け椅子に背を持たせ、そよ風が顔の周りを撫でるようにした。
「みなさま」
トレローニー先生は、ヘッドレストつきの肘掛け椅子に座り、生徒と向き合い、メガネで奇妙に拡大された目でぐるりとみんなを見回した。
「星座占いはもうほとんど終わりました。ただし、今日は、火星の位置がとても興味深いところにございましてね。その支配力を調べるのにすばらしい機会ですの。こちらをごらん遊ばせ。灯りを落としますわ・・・・・」
先生が杖を振ると、ランプが消えた。暖炉の火だけが明るかった。トレローニー先生はかがんで、自分の椅子の下から、ガラスのドームに入った、太陽系のミニチュア模型を取り上げた。九個の惑星の周りにはそれぞれの月が輝き、燃えるような太陽があり、その全部が、ガラスの中にぽっかりと浮いている。トレローニー先生が、火星と海王星が惚れ惚れするような角度を構成していると説明し始めたのを、はぼんやりと眺めていた。ムッとするような香気が押し寄せ、窓のそよ風が顔を撫でた。どこかカーテンの陰で、虫がやさしく鳴いてるのが聞こえた。瞼が重くなってきた・・・・・。
「
うわあああ!
」
はビクッと目を覚ました。いつの間にか眠っていたらしい。しかし、そんなことを悠長に考えている暇もなく、は異様な光景を目にした。ハリーが両手で顔を覆い、教室の床に倒れ、叫び声をあげていた。
「ハリー!
ハリー!
」
はすぐさま駆け寄ると、ハリーを揺さぶった。となりでロンも膝をつき、しかし、恐怖の色を浮かべていた。
ハリーが目を開けた。はハリーの顔を覗き込んだ。今や、クラス全員がハリーを囲んで立っていた。
「大丈夫?」
が聞いた。
「大丈夫なはずありませんわ!」
トレローニー先生は興奮しきっていた。大きな目がハリーに近づき、じっと覗き込んだ。
「ポッター、どうなさったの?不吉な予兆?亡霊?何が見えましたの?」
「なんにも」
ハリーが身を起こした。しかし、にはそれが嘘だとすぐに分かった。
「あなたは自分の傷をしっかり押さえていました!」
トレローニー先生が言った。
「傷を押さえつけて、床を転げまわっているのですよ!さあ、ポッター、こういうことには、あたくし、経験がありましてよ!」
ハリーは先生を見上げた。
「医務室に行ったほうがいいと思います」ハリーが言った。
「ひどい頭痛がします」
「まあ。あなたはまちがいなく、あたくしの部屋の、透視振動の強さに刺激を受けたのですわ!」
トレローニー先生が言った。
「いまここを出て行けば、せっかくの機会を失いますわよ。これまでに見たことのないほどの透視――」
「頭痛の治療薬以外には何も見たくありません」ハリーが言った。
「――大丈夫?」
はもう一度ハリーに尋ねた。横でトレローニー先生が喚いていたが、ハリーもも気に留めなかった。
「あぁ」
ハリーは少しよろけながらも立ち上がった。
「じゃ、あとでね」
そう囁き、ハリーはカバンを取り、トレローニー先生には目もくれず、撥ね戸へと向かった。先生はせっかくのご馳走を食べ損ねたように、欲求不満の顔をしていた。
「彼はせっかくの機会を無駄に――」
はトレローニー先生の言葉を耳にしながら、もう一度、肘掛椅子に座りなおした。授業終了までもうしばらくあるが、に眠気は襲ってこなかった。むしろ、ハリーのことばかり考えていた。
「ダンブルドアも、『例のあの人』が強大になりつつあるって、そう考えているのかい?」
ロンが囁くように言った。
ハリーはあの後、まっすぐにダンブルドアのところへ行ったようだった。そして、ハリーは、自分の見た夢の話、ダンブルドアの「憂いの篩」で見てきたこと、ダンブルドアがそのあとでハリーの話したり、見せてくれたことをロン、、ハーマイオニーに話して聞かせた。すでにジェームズにはふくろう便を送っていた。
ロンは暖炉の火をじっと見つめていた。それほど寒い夜でもないのに、ロンがブルッと震えた。
「それに、スネイプを信用してるのか?」ロンが言った。
「『死喰い人』だったって知ってもほんとにスネイプを信用してるのかい?」
「うん」
ハーマイオニーはもう十分間も黙り込んだままだっだ。額を両手で押さえ、自分の膝を見つめたまま座っている。
もハーマイオニーと同様、ずっと黙ったまま、ただハリーの話を受け入れていた。黙ったままのを心配してか、ハリーは声をかけた。
「大丈夫?」
「えぇ」
そうは言うものの、はいろいろ混乱していて、そう答えるので精一杯だった。
「リータ・スキーター」
突然、ハーマイオニーが呟いた。
「なんでいまのいま、あんな女のことを心配してられるんだ?」ロンは呆れたという口調だ。
「あの女のことで心配してるんじゃないの」
ハーマイオニーは自分の膝に向かって言った。
「ただ、ちょっと思いついたのよ・・・・・『三本の箒』であの女が私に言ったこと、覚えてる?『ルード・バグマンについちゃ、あんたの髪の毛が縮み上がるようなことをつかんでいるんだ』って。今回のことがあの女のいってた意味じゃないかしら?スキーターはバグマンの裁判の記事を書いたし、『死喰い人』にバグマンが情報を流したって、知ってた。それに、ウィンキーもよ。覚えてるでしょ・・・・・『バグマンさんは悪い魔法使い』って。クラウチさんはバグマンが刑を逃れたことでかんかんだったでしょうし、そのことを家で話したはずよ」
「うん。だけど、バグマンはわざと情報を流したわけじゃないだろ?」
ハーマイオニーは「わからないわ」とばかりに肩をすくめた。
「それに、ファッジはマダム・マクシームがクラウチを襲ったと考えたのかい?」
ロンがハリーのほうを向いた。
「うん。だけど、それは、クラウチがボーバトンの馬車のそばで消えたから、そう言っただけだよ」
「僕たちはマダムのことなんて、考えもしなかったよな?」
ロンが考え込むように言った。
「ただし、マダムは絶対巨人の血が入ってる。あの人は認めたがらないけど――」
「そりゃそうよ」
ハーマイオニーが目を上げて、きっぱり言った。
「リータがハグリッドのお母さんのことを書いたとき、どうなったか知ってるでしょ。ファッジを見てよ。マダムが半巨人だからって、すぐにそんな結論に飛びつくなんて。偏見もいいとこじゃない?ほんとうのことを言った結果そんなことになるなら、私だってきっと『骨が太いだけだ』って言うわよ」
ハーマイオニーが腕時計を見た。
「まだ何にも練習してないわ!」
ハーマイオニーは「ショック!」という顔をした。
「『妨害の呪い』を練習するつもりだったのに!明日は絶対にやるわよ!さあ、ハリー、少し寝ておかなきゃ」
ハーマイオニーに急きたてられ、ハリーとロンは寝室への階段を上って行った。
「、私たちも寝ましょう。明日はハリーの練習を手伝わなきゃ!」
「――そうね」
はワンテンポ遅いながらもそう答え、ハーマイオニーに続き、寝室への階段を上って行った。
「心配なの――なんか嫌な予感がする」
はベッドに入りながら、そんな母親の声が聞こえた気がした。
ロン、、ハーマイオニーもそろそろ期末試験の勉強をしなければならなくなってきた。第三の課題が行われる日に試験が終わる予定だ。しかし、にもかかわらず、三人はハリーの準備を手伝うほうにほとんどの時間を費やしていた。
「心配しないで」
ハリーが、そのことを指摘し、しばらくは自分一人で練習するから、と言うと、ハーマイオニーがそう答えた。
「少なくとも、『闇の魔術に対する防衛術』では、私たち、きっと最高点を取るわよ。授業じゃ、こんなにいろいろな呪文は絶対勉強できなかったわ」
「僕たち全員が『闇祓い』になるときのために、いい訓練さ」
ロンは教室にブンブン迷い込んだスズメバチに、「妨害の呪い」をかけ、空中でピタリと動きを止めながら、興奮したように言った。
「テスト勉強したくなくて、逃避してたのになあ」
の呟きが聞こえたのか、ハリーが笑いながら答えた。
「でも、。試験を頑張らないと、それこそが怖いと思うよ」
は思わず想像してしまい、ブルッと震えた。
六月に入ると、ホグワーツ城にまたしても興奮と緊張がみなぎった。学期が終わる一週間前に行われる第三の課題を、だれもが心待ちにしていた。
学校中いたるところで、ハリーたち四人にばったり出くわすのにうんざりしたマクゴナガル先生が、空いている「変身術」の教室を昼休みに使ってよろしいと、ハリーに許可を与えた。ハリーはまもなくいろいろな呪文を習得した。「妨害の呪い」は攻撃してくるものの動きを鈍らせ、妨害する術。「粉々呪文」は硬いものを吹き飛ばして、通り道を空ける術。「四方位呪文」はハーマイオニーが見つけてきた便利な術で、杖で北の方角を指させ、迷路の中で正しい方向に進んでいるかどうかをチェックすることができる。しかし、「盾の呪文」はうまくできなかった。一時的に自分の周りに見えない壁を築き、弱い呪いなら跳ね返すことができるはずの呪文だが、は、見事に定めた「くらげ足の呪い」で、見えない壁を粉々にした。ハーマイオニーが反対呪文を探している十分くらいの間、ハリーはクニャクニャする足で教室を歩き回る羽目になった。
「あーあ。が前に使ってたときは、簡単そうに見えたのになあ」
ハリーはなんだか残念そうだ。
「ハリーだって練習すればちゃんと防げるようになるわよ。それに、この呪文は強い気持ちがより効き目を高めるって、パパが言っていた――でも、なかなかいい線行ってるじゃない?」
はリストを見ながら、習得した呪文を×印で消しながら、励ました。
「このうちのどれかは必ず役に立つはずよ」
「あれ見ろよ」
ロンが窓際に立って呼んだ。校庭を見下ろしている。
「マルフォイのやつ、なにやってるんだ?」
マルフォイ、クラッブ、ゴイルが校庭の木陰に、立っていた。クラッブとゴイルは見張りに立っているようだ。二人ともニヤニヤしている。マルフォイは口のところに手をかざして、その手に向かって何かしゃべっていた。
「トランシーバーで話してるみたい」
ハリーが変だなあという顔をした。
「そんなはずないわ」ハーマイオニーが言った。
「言ったでしょ。そんなものはホグワーツの中では通じないのよ。さあ、ハリー」
ハーマイオニーはきびきびとそう言い、窓から離れて教室の中央に戻った。
「もう一度やりましょ。『盾の呪文』。、準備して」
が指名されたとたん、ハリーはげんなりした顔になった。今までの練習で、と組むと、どうもハリーの成功率は上がらないのだ。
←
Back
Top
Next
→
ハリーの悪夢略。