"人間、いつかは死ぬもの"
頭では理解しながら、心はまったく受け付けない。
が逝ってしまってから、約三週間経った。未だに心は沈んでいる。はっきり言って、八方塞がりだった。
「パパ」
シリウスが寝室にこもっていると、優しくドアを叩く音が聞こえた。
「入ってもいい?」
だった。
シリウスはどうするか迷ったのち、のためにドアを開けた。のおずおずとした笑顔があった。
「どうした?」
「一緒に出かけない?みんなで一緒に外に散歩でも行こうって――」
がそう言うと、シリウスは手で話をさえぎった。
「私抜きで行っておいで。仕事が残ってるんだ」
は残念そうに「そう」と呟くと、シリウスの部屋を出て行った。
「――、どうだった?」
「――ダメだった」
ドアの向こう側からジェームズとの声が聞こえた。やはり、部屋に閉じこもるシリウスを心配して誘ってくれたらしい。
「――が言うなら、絶対落ちると思ったのに」
ジェームズの残念そうな声が耳に残る。
「――シリウスは誰よりもを愛していたから」
リーマスの辛そうな声が耳に残る。
「――パパは変わってしまった。あんなのパパじゃない」
の泣きそうな声が耳に残る。
「娘を泣かせるなんて、父親失格だな」
シリウスは自分を嘲笑うように言うと、窓の外を見た。
「、君がいたらきっと――」
そのとき、またドアを叩く音がした。今度は優しくはなく、どこか怒りが感じられた。
「シリウス、ドアを開けてよ」ジェームズの声だ。
シリウスは少し躊躇したが、ドアをゆっくりと開いた。
「入るよ」
ジェームズは返事も聞かず、部屋に入り込み、椅子に座った。あとからリーマスも着いてくる。
「シリウス、君らしくないよ」
ドアに邪魔よけをかけて、リーマスが口を開いた。
「が泣いてた」
シリウスは少し後悔した。
「にをちゃんと育てるように誓ったんじゃないのか?」
いつになく真剣な目でジェームズはシリウスを見た。
シリウスはジェームズのこんな目が苦手だった。
「あの子はが死んだときも、シリウス、君よりしっかりして見えた」ジェームズはきっぱりと言った。
「もちろん、それは君がそれだけパニックになっていたこと、ショック状態だったことを指しているけど」
シリウスは黙ってジェームズの話を聞いていた。
「そりゃ、大切な人がこの世からいなくなってしまったんだ。僕だって、リーマスだって落ち込むよ。だけど、あれから約三週間。そろそろ前向きになってもバチは当たらないと思うよ――」
「シリウス」
リーマスがジェームズの話に割り込んだ。
「君らしくない。本当に。も大切だけど、その上に、も大切なんじゃないのかい?」
「――そうだ」
シリウスは短く答えた。
「なら、どうしてを大切にしてあげない?さっきの誘いだって、は君を励まそうと、引き込もったままの君の部屋を勇気を出してノックしたんだ。それなのに君は自分抜きで行っておいで、と答えた」
ジェームズの言葉はシリウスの胸に深く刺さった。
「彼女だって、母親が死んで悲しいんだ。その上に君のそんな姿を見てどう思う?確かに、空元気を見るよりは楽かもしれない。でも、は今、君とちゃんと話したいと痛切にそう思ってる」
「確かにそうかもしれない」
シリウスは小さな声で、しかしはっきりと言った。
「だが、何も言えないうちに、何も出来ないうちに、いや、してやらないうちに彼女は逝ってしまった。深い後悔だけが残る」
シリウスは少しうつ向いた。
「でも、それはにだって言えるよ」リーマスが静かに言った。
「人間、いつ死ぬか、なんて誰にもわからないよ、シリウス。もしかしたら明日、僕は死んでしまうかもしれない。ジェームズなんか、一時間後に死んでしまうかもしれないんだ。だから、人はよく『今を精一杯生きろ』って言うんじゃないかな」
シリウスはリーマスの言葉に悩み、この三週間の自分の過ごし方を振り返った。そして、そっと口を開いた。
「『精一杯生きる』より、むしろ『後悔しないように生きる』方が俺には合ってる」
ジェームズもリーマスもお互いを見て、ニヤリと笑った。これでこそ、いつものシリウスだ。
「いままでの三週間を取り戻すのは、今からでも遅くはないか?」
「もちろん。君なら可能さ」
ジェームズは笑ってシリウスに答えた。
「それにシリウス。君はなにか勘違いをしているみたいだけど、は君に何も残していかなかったわけじゃないよ。ちゃんと君にメッセージを込めて贈り物をしてる」
シリウスはリーマスの言葉に首を傾げた。
「まだ分からない?『』だよ。その一つ一つの仕草に昔の、今のが少しずつ隠れてる。愛する人はどんなときも近くにいるよ」
シリウスの顔に少しずつ笑顔が広がっていった。久しぶりに見る笑顔だった。
「ああ、そうだな」
三人は連れだって部屋を出た。なんとなく、三人の友情がまた深まった気がした。
そして数日後、シリウスはリーマスの言った言葉を理解するチャンスが出来た。
なんとなく、ジェームズやハリーと一緒になって話すに視線を向けたとき、シリウスはふと、懐かしさを感じた。その懐かしさがどこからくるのか、シリウスはすぐにわかった。確かに、一瞬だけ、がに見えた。
「」シリウスはふと、声をかけたくなった。
「なに?」
振り向いたの顔がの顔と重なって見えた。シリウスは何故だか笑顔になった。
「いや、なんでもない」
「なによ。変なパパ」
はクスクス笑ってジェームズとハリーの会話に戻った。
確かに人間はいつかは死ぬものだが、遠く離れてしまうわけではない。
シリウスはそう思いながら目を閉じた。昔、と過ごした場面がどんどん浮かび上がってくる。
「愛してる」
シリウスがそう呟くと、どこからともなく風が部屋に入り込んできた。その風はシリウスの周りを一回りして消えた。
――私もよ
シリウスはがそう言ったように聞こえた。
いつの間にか、シリアスに;;
<update:2006.08.24>