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君が存在していることが、何よりの僕の存在意義
「ねえ、ジェームズ」
優雅に紅茶を飲みながら、二人はゆったりとくつろいでいた。シリウス、リーマス、ハリーとの五人での買い出しジャンケンの勝者の二人は、家で彼らの帰りを待っているところだった。そんなとき、はふとジェームズに聞いてみたくなった。
「カルネアデスの板、または舟板っていう話、知ってる?」
「いや・・・・・どんな話だい?」
ジェームズはの話に興味が湧いたのか、紅茶がたっぷりと入ったカップをお皿の上において、じっとを見つめた。としてはそんなに見つめられると話しにくいのだが、ジェームズのことだ、絶対に確信犯だろう。はあきらめてそのままジェームズに話して聞かせることにした。
「紀元前2世紀のギリシャで、マグルの船が難破して乗組員は全員海に投げ出されました。でも、その中にいたある男は、命からがら一片の板切れにつかまることができました。一方、そこへもう一人、同じ板に掴まろうとする人が現れてしまいました。そんな中で、二人も掴まれば板は重さに耐え切れずに沈んでしまう、とそう考えたその男は、後から来た人を突き飛ばして、おぼれさせてしまいました。めでたく男は助かり、この事で裁判にかけられたんだけど、罪には問われませんでした――マグルの古代ギリシアの哲学者、カルネアデスが出した問題なんですって。リリーが教えてくれたの」
ジェームズはしばらく考え込んで、に聞いた。
「君はどんな感想を持ったんだい?」
「それ、私が聞こうと思ってたことなのに!」
が脹れると、ジェームズはクスクス笑って「が言ったら僕もちゃんと言うから」と言った。そこで、ご機嫌を治したはジェームズを改めて数秒見つめた後、口を開いた。
「私はその突き飛ばした方のマグルはとても酷いと思うわ。だって、どんなことがあったって、人を殺しちゃいけないはずよ。それに、彼は人を一人殺した上、無罪でぬくぬくと暮らした。殺された方にしてみれば、酷い話だわ」
「じゃあ、」
ジェームズはじっと目をそらさずににたずねた。
「君が、その突き飛ばす方の人間だったとしたら、君はどうしていたんだい?」
は迷わず、ジェームズに向かって答えた。
「私なら、彼に譲ったわ」
ジェームズはの心の美しさに少し感動を覚えたが、それと同時にの愚かさも気になった。
「、君が死んだら僕らが悲しまないと思うのかい?」
「悲しむと思うわ」がサラリと言った。
「でも、それは助けを求めて板を掴んだ彼の家族も一緒よ。きっと、彼が死んでしまったら悲しむわ」
ジェームズはの返答にらしいと納得したが、彼女が自分の身を犠牲にするのは納得がいかない。
「僕たちが悲しむのは、気にならないのかい?」
ジェームズの言葉に、はちょっと詰まった様子でしばらく黙っていたが、やっと口を開いた。
「だって、仕方ないじゃない。マグルだもの。魔法が使えないんじゃ、どうしようもないでしょう?」
ああ、確かに、とジェームズも頷いた。だが、が進んで死にに行く理由はどこにもない。ジェームズがそう指摘すると、はふてくされたようにジェームズに言った。
「なら、ジェームズだったらどうするの?」
「僕かい?」
ジェームズはまるで悪戯を考えているときのように目が輝いていた。
「そりゃ、考えるさ」
「考える?何を?」が首をかしげると、ジェームズはクスリと笑って答えてくれた。
「もちろん、二人とも助かる方法さ」
ああ、これこそ自分が知っている紛れもないジェームズだ、とは微笑んだ。
「でも、二人とも助かる方法なんて無いかもしれないわよ」
「いいや」
の言葉をジェームズはきっぱりと否定した。あまりにもきっぱり言うので、は少しばかり自信過剰じゃないかと思った。
「、いいかい?諦めなければ何かしら方法はあるんだ。諦めたらすべてそこで終わりさ。残るものは何もない。だけど、最後まで諦めなかったら、きっとなにか方法が見つかる。そう思わないかい?」
「ジェームズなら見つけられそうな気がするわ」が答えた。
「だって、きっと見つかる。僕が見つかるんだ、君なら絶対に見つかるよ」ジェームズにそう優しく言われると、本当になんだかそんな気がしてくるから不思議だ。しかし、はそんなジェームズにちょっと意地悪をしてみたくなった。
「でも、もし、ジェームズが先に板を見つけていて、私が後から現れて、でも、二人とも助かる方法が無かったら?」
自分でもちょっとしつこいかなと思っただったが、気にせずにジェームズの答えを待った。ジェームズは微笑んでを見つめていた。
「僕は君が好きだよ、」
ジェームズが優しくに囁いた。リリーやに囁く、あの囁きにどこか似ているとは思った。
「僕は悪名高き、ホグワーツの悪戯仕掛け人だ。僕に不可能の文字はない。君を救うためなら、どんなことだって出来る。でも、もし本当に方法がなかったら――」
リリーは、ママは、シリウスやリーマスは、こんなジェームズだから好きなんだ、とは頷いた。余裕と自信に溢れた表情で、人をからかって楽しんだりもするけど、でも本当は自分以上に周りを思っていて、自分の身を省みない、そんな彼だから、みんな好きなんだ。
「――僕は君を自分の命に代えてでも助ける。必ず」
「だめだよ、ジェームズ」
はまっすぐな視線をジェームズに向けた。ジェームズは不思議そうにを見つめ返している。
「だめだよ、ジェームズ」はもう一度言った。
「ジェームズが死んじゃったら、私、あなたを許さないから」
大好きな彼にもう会えなくなる――そう想像しただけで震えが走る。だけど、その恐ろしい考えはいずれ本当のものとなるのはにはわかっていた。こんな暗黒の時代、いつ誰が死ぬかは誰にも分からない。でも、今だけは彼が今ここに存在することを感じていたかった。
「それなら、」
ジェームズはの隣に座って、彼女を優しく抱きしめた。彼女の想いが伝わったのだろう。その顔は微笑んでいて、でもどこかシャクに触るような余裕そうな笑みで――。
「君も知恵を貸してくれるかい?僕に方法が見つからなくても、君なら見つかるかもしれないから」
なんか、とてもかっこいいジェームズになってしまった;;
<update:2007.04.10>