ある日の朝、は自分の身体に異変があるのに気がついた。思うように手足が動かず、ベッドから起き上がれなかった。おまけに何故だか目の前が暗い。まるで眼を黒い布で覆われているような気がした。
そのとき、ガチャリと音がして、誰かの足音が聞こえた。そしてカーテンを開ける音がした。
「、もう朝よ。いつまで寝てるの?」
その声は最愛の母親だった。は「さっきからずっと起きてる」と口答えしようと思ったが、口が動かなかった、開かなかった。
「もう、ったら!」
バッと布団が剥がされて、はが息を呑む音を聞いた。
「!」
ガタンと大きな音がして、下からバタバタ人が上がってくる音がした。
「、、大丈夫?どうしたの?」
ジェームズの楽しげな声と共に、の震えた声が聞こえた。
「が・・・・・」
「どうした?」
がらりとジェームズの声の調子が変わり、ゆっくりと自分の寝ているベッドへ近づく人の気配を感じた。
「――っ、」
ジェームズのひんやりと冷たい手が頬に触れた。何故冷たいのか考える間もなく、は自分の身体が宙に浮いたのがわかった。
「、みんなを厨房に。僕は急いで病院に向かう」
ジェームズの声が聞こえ、がいなくなった。
「、死ぬなよ」
はジェームズにキツク抱きしめられて、一瞬のうちに周りが騒がしくなった。きっと、聖マンゴ魔法疾患傷害病院に行ったのだろう。
「急患なんだ」
ジェームズは誰かと話しているようで、二言三言交わし、は自分が風を切っているのを感じた。きっと、ジェームズが自分を抱っこしながら病院の中を走っているのだろう。
「患者をここに」
はジェームズの冷たい手からベッドの上に移動した。
「・・・・・いつからこの状態ですか?」
癒者の手が自分の喉元や手首、おでこに置かれたのがわかった。
「多分、昨夜から」
「新種のウィルスか、それとも薬か・・・・・」
癒者の唸る音がする。
「検査してみませんと、なんとも言えませんね」
「助かりますか?」
ジェームズの声は不安そうだ。しかし、癒者の返事はに聞こえなかった。
「入院?」
はさっと血の気が引いた。
「一時ごろ、また来てほしいって。検査がそのころ終わるから」
ジェームズは出来るだけ感情を込めずに言った。の今にも泣き出しそうな顔を見れば当然の行為だった。
「助かるの?」
ハリーが不安そうに聞いた。しかし、ジェームズはそれが聞こえなかったように振る舞った。
「シリウス、大丈夫?」
リーマスは身じろぎ一つしない彼に声をかけた。
「――ああ」
彼はそれっきり口を開こうとしなかった。最愛の娘がいきなり入院して、それも容態がまったくわからないのなら、仕方ないことなのかもしれない。
「でも、は昨日まで元気だったじゃないか!」
ハリーが怒ったように叫んだ。ハリーはまだ現状を受け入れきれていないようだった。
「ハリー、落ち着きなさい」ジェームズが静かに言った。
「君だけが辛いんじゃない。みんな辛いんだ」
「・・・・・父さんは、自分が辛くないから、のことがどうでもいいから、そんなことが言えるんだ!」
ハリーの目には怒りがうかがえた。一方で、それはジェームズも同じだった。ハリーはジェームズを怒らせたのだ。
「誰が辛くないと言った?誰がのことをどうでもいいと言った?」
ジェームズの声は低く、相当怒っているように思われた。
「父さんはのことが心配じゃないからそういうことが言えるんだろ!が好きじゃないから――」
バシッと冷たい音がした。ハリーは痛いという感情よりも驚きの方が強かった。
「ジェームズ・・・・・」
誰かがその名を口にした。
ハリーは憎々しげにジェームズを見上げ、それから誰が引き止める間もなく厨房を出て行った。
一時になって、五人の大人はハリー抜きで病院に出かけた。リリーとはハリーの部屋をノックしたが、返事はなく、押し入ろうとしたら、不機嫌そうなジェームズが、ぶっきらぼうに止めたのだ。
病院につくと、五人はの病室に案内された。ベッドの上で安らかに眠るを見たとき、の表情はやっと明るくなった。
「もう大丈夫です。もともと体の調子を崩していたところに新しい病原菌が入ったのでしょう。今は魔法薬で落ち着いていますらか、大丈夫ですよ」
はうっすらと目を開けて、シリウスたちがその場にいるのを見ると急いで目を閉じた。なんだか恥ずかしかった。幸いにもに気付いた者はいない。
ガチャと音がして、癒者が部屋から出て行った。
「それにしても、ジェームズ――」リリーの声だ。
「――ハリーを打たなくても・・・・・」
「まあ、良い傾向じゃない。ジェームズがハリーに厳しくするなんて」リーマスのちょっとだけ楽しげな声がする。
「ハリーも心配なんでしょう。この子のことが」
の優しい声がして、の頬に温かい手が触れた。
「ま、どうやって仲直りするのかお手並み拝見っていったところか」シリウスが肩をすくめた。
「ねえ、。あなた、このままと一緒にいたら?もしかしたらと話せるかもしれないし」
リリーは我が息子の話題より、親友の娘の話題を優先した。
「ううん、いいわよ」
はリリーを見てにっこり笑った。
「の寝顔みたら安心しちゃった」
の愛らしい笑顔に、不機嫌な顔だったジェームズもにっこり笑った。
「なら、もう帰りましょう」
リリーがそう言うと五人は病室から出て行った。
そのあと何秒か聞き耳を立てていただったが、何も物音がしないとわかると上半身を起こした。どうやら個室らしい。ウイルスが他の人に移るとまずいからだろう。
「ジェームズ、ハリーとけんかしたんだ」
はしんみりと口にした。それに、の言葉の通りなら、自分も少し関わっているらしい。
そんなことをが考えていると、ドアがノックされ、の思考は途切れた。
「どうぞ」
がドアを見つめていると、入ってきたのは少し不安げなハリーだった。
「ハリー!」
はびっくりした。
「うん、ちょっといろいろあって父さんたちとは一緒に訪ねられないんだ」
はハリーのプライドの高さに思わずクスリと笑ってしまった。
「けんかしたんでしょう?ジェームズと」
が言い当てるとハリーは気まずそうな顔をした。
「大丈夫。私なんて、何回もママとけんかしてるわ」
が明るくそう言ってもハリーは首を振った。
「僕、今考えると最低なことを父さんに言ったんだ・・・・・許してもらえないよ」
「大丈夫よ」
は繰り返した。
「ジェームズはそんな人じゃないわ。あなたを一番理解している人だから。あなたが本気で言ったんじゃないってわかっているはずだわ――ただ、あなたを打ってしまって、酷く後悔しているだけよ」
「――どうしてそれを?」
ハリーはまじまじとを見つめた。は口が滑ってしまった、と思ったがもう後の祭りだった。
「さっきまでパパたちがいたの。そのときに話していたのを聞いたのよ――寝たふりしてたから、私が聞いているなんて思っていないと思うわ」
ハリーはふうん、と納得するとの脇にあった丸イスに腰掛けた。
「ハリー、謝りたくないのなら、自分が悪くないと思うなら、そのままジェームズと口をきかなくてもいいと思うわ。だけど、あなたが悪いと思っているなら、後悔しているなら、素直にごめんなさい、と謝った方がいいわ」
ハリーはと目を合わせずに立ち上がった。にはハリーがちゃんと言葉を理解したのかわからなかった。
「僕、もう行くよ。」
は振り向こうともしないハリーを怒ろうと思ったが、結局やめた。彼も、彼なりに悩んでいるのだ。
「またね、ハリー」
「おやすみ」
ハリーは静かにドアを閉めて部屋を出て行った。
「神様、どうか、ハリーがジェームズと仲直りできますように」
はいつの間にか窓の外に見える一番星に手を合わせた。
次の日、楽しそうにハリーがジェームズと病室に現れたのは言うまでもない。
ジェームズを怒らしたらタダじゃ済みませんね。
<update:2007.07.23>