「は父の日に、何を贈るの?」
他愛ない話をしていると、突然ハリーが真剣な顔になってに問い掛けた。
「え?突然、どうしたの?」は苦笑いしながら、ハリーに聞き返した。
「ちょっと気になったんだ」ハリーはにっこりと返事した。あまり深い意味はないようだ。
「――父さんは父の日には『母さんと休暇』が欲しいって言ってる。もっと実現可能なことを言ってほしかったよ」
ハリーの愚痴を聞きながら、はジェームズらしい、と笑った。
「シリウスは何が欲しいって?は何をあげるの?」
「パパはなにもいらないって言ってるわ。だから、何をあげるか、まだ決めてないの――だって、せっかくならゆっくり決めたいでしょ?」
は自分の机の引き出しから一枚の羊皮紙を引っ張り出すと、ハリーの前で広げてみせた。
「今のところ、これを考えているわ。時計とか、バッグは少し高価だから、迷ってるの」
ハリーの目が左から右に動き、一点で止まった。
「ねえ、、僕、これが良いと思う」
ハリーは指差しながら言った。が羊皮紙を覗き込むと、確かにそれはも良い案だと思っていたものだった。ただ、問題が一つだけ。
「私も、それはとっても良い案だと思ってるわ。だけど、私、パパがどんなのを好むのか知らないの」
するとハリーは自信たっぷりに微笑んで、にアドバイスした。
「絶対、シリウスはが選んでくれたものなら喜ぶよ」
はハリーの言葉が、とても疑わしかったが、何も言わずにただ頷いた。
父の日が明日に迫った土曜日、はハリーと一緒にロンドンの市内に向かった。本当なら、魔法界で買い物を済ませる予定だったが、どうせなら、マグルの気分に浸りたいと、ダイアゴン横町の漏れ鍋に向かった。
「みんなはどんなプレゼント買ってるのかしら」
は漏れ鍋のドアをくぐり抜けながらハリーに話し掛けたつもりだった。
「人それぞれだろうけど、カバンとか、腕時計とかが多いと思うよ」
突然聞こえた懐かしい声にはパッと振り返った。
「セドリック!」
が満面の笑みを浮かべる反面、ハリーは仏頂面になった。
「やあ」セドリックが笑った。
「セドリックも買い物?」が嬉しそうに笑いかけた。
「うん、父さんのプレゼント買いにね」
「奇遇ね!」
「ホント、奇遇すぎるね」
が笑顔でそう言うと、ハリーがボソリと呟いた。
「二人も父の日の買い物?」
しかし、セドリックは気にする様子もなく、問い掛けた。
「ええ。でも、ここでは買わないわ。ロンドンで買うの」
の言葉を聞いて、セドリックは大層驚いた。わざわざマグルの店まで出向くのが珍しかったのだろう。
「ロンドンまで行って、何を買うの?」
は笑みを浮かべ、セドリックに一言言った。
「ヒミツよ」
とハリーは魔法界の境界をくぐり抜け、マグル界に出た。セドリックと別れると、ハリーはだんだん機嫌が直ってきたので、は大分安心した。
「ねえ、。あの店なんかどう?」
街中でハリーが指差したのは大きな細長い建物だった。マグルがこれを『デパート』と呼んでいるのは、二人ともすでに知っていた。
「いいわ!リリーも、行くなら細長い建物に入りなさいって言ってたもん」
が賛成すると、話はさっさと決まった。
二人は賑やかで、華やかなデパートの中に足を踏み入れた。もちろん、二人とも怪しまれないように、マグルらしい服を着ていたのだが、傍目からは振る舞いがどうもぎこちないようにも見える。しかし、それ以上に二人は初々しいカップルに見えた。
「大好きな彼女に、こんなプレゼントはいかが?」
女店員がハリーにシルバーのハートが特徴的なブレスレットを勧めた。ハリーは真っ赤になってスタスタとを引きずりながら先へ進んでしまった。
「もう、ハリーったら!」
がやれやれとため息をついた。たった一人の店員から声をかけられただけで、こうである。は先が思いやれた。
「あ、あれなんてどう?」
は両側に並ぶブランドを眺めながら、ある一店に引き付けられた。
「どれ?」ハリーが興味深そうに寄ってきた。
「ほら、あの白地にピンクとラベンダー色のストライプ柄のネクタイ!」
が指差すと、店員がそのネクタイをのために取ってくれた。
「これ、オススメですよ。女性受けも良いですし、それ以上に今の流行りがピンクですから」店員が言った。
「ハリーはどう思う?」
が問いかけると、ハリーはしばし考えた後、棚からベージュに濃いブラウンのドット柄のネクタイを手に取った。
「ベージュ?黒の方が、かっこいいんじゃない?それに、水玉ってなんか女の子みたい」
がクスクス笑うと、ハリーがふて腐れてを睨んだ。
「――あ、ごめん。でも、水玉模様ならジェームズが似合うわね」
「父さんにも買うの?」
お金足りる?と、ハリーは心配そうにに尋ねた。
「いいえ、でも、あなたと割り勘なら足りるわ――リーマスの分も買いましょ!」
ニッコリ笑ったに、ハリーは反論出来なかった。
「うーん、彼は、こんなのが良いんじゃないかしら」
が手に取ったのはライトオレンジを基調にし、白いラインを配色したタータンチェック柄のネクタイだった。
「うん、良いんじゃない?」ハリーが言った。
「それなら、この三本にする」
店員はから三本のネクタイを受け取って、レジへと運んび、二人は勘定を済ませると、満足そうな笑みを浮かべ、家路についた。
「ただいま」
「おかえり」
玄関ホールの向こうからシリウスやジェームズ、リーマスの声が聞こえたかと思うと、あっという間にホールには三人の大人の姿が現れた。
「何を買ってきたの?」
ジェームズが興味深そうに聞いた。
「ヒミツ」はニッコリ笑った。
「まったく、僕のは秘密が多くて困るなあ」
「明日になったら分かるわ」
がそう言うと、ジェームズはそれ以上聞かなかった。
次の日、が約束通り、種明かしすると三人は予想以上の反応だった。が選んだネクタイというだけでも大喜びだったが、が自分たちのために、わざわざマグルのデパートまで行ってくれたことに、彼らは愛を感じた。
「ああ、!やっぱり君は僕の深い愛を感じていてくれていたんだね」ジェームズは――おそらく演技だろうが――目に涙を浮かべながらを抱きしめた。
「おまえだけに買ってきたんじゃないだろうが!」
シリウスがジェームズを鼻で笑った。しかし、なんとなくにはその行動が照れ隠しのような気がしてならなかった。
「ありがとう、」
案の定、素直に感謝したのはリーマスだけだった。
父の日、定番のプレゼント。
<update:2007.06.23>