「大変、大変!」
はその朝、ジェームズの大声に叩き起こされた。
「、起きて!大変だよ!」
少し覚醒し始めた頭の片隅で、ジェームズが何故堂々と年頃の娘の部屋に入り込んでいるのだろうと、は考えていた。
「おーきーろ!」
今度こそジェームズは布団を引っ剥がすという強行手段に移ったので、は仕方がないとばかりにもぞもぞと動き、まだ眠そうな声で、何が、とだけ尋ねた。
「がさ――」
ジェームズのその一言では完全に覚醒した。
「ママが何!」
は飛び起きると、その勢いのまま――勢い余って――ジェームズを押し倒した。その音に、リーマスが何事かと顔を覗かせた。その瞬間、は部屋の気温が急に下がったと思った。
「ジェームズ、何してるの?」
にっこりと微笑んだリーマスに、ジェームズの顔が引きつった。この際、リーマスには押し倒しているのがでも関係ないようだった。
「リーマス、これは誤解――」
リーマスはジェームズを丸ごと無視すると、を抱き起こした。
「何が、あったんだい?」
はジェームズとリーマスの顔を見比べた後、言った。
「ジェームズがね、年頃の娘の部屋に寝込みを襲いにきたの」
「ちょっと!」
リーマスの恐ろしい笑顔がジェームズに向けられた。はちょっと度が過ぎたかな、と反省すると、リーマスがジェームズに呪いをかけないうちに誤解をといてやった。
「それで、何が大変なの?」
ジェームズは誤解がとけてほっとしたようで、何の用事だったのかすっかり忘れてしまっているようだった。
「そうそう。が家出したんだ」
は自分の耳がおかしくなったのかと、ジェームズの隣で立っているリーマスに視線を移した。
「多分、本当。わたしも読んだけど、そうとしか思えない」
リーマスはそう言うとポケットから手紙を取り出した。
「『少し出て行きます』これだけ?」
は受け取った紙を読み上げた。その手紙は確かにの字だった。
「そう。それだけ」ジェームズが答えた。
「なら、仕事で出かけたとか」
はリーマスを見た。
「彼女は有給休暇を取ってるみたいだ。他の闇祓いに確かめた」
「そしたら、誰か急病とか」
はジェームズを見た。
「リリーもシリウスもリーマスも僕もここにいるし、ハリーだってここにいる。の親族はいないしね。心当たりがない」
「じゃあ」
は手紙をもう一度読み直し、言葉を噛み締めながら言った。
「やっぱり、家出?」
多分、とリーマスが頷き、話を続けた。
「リリーはシリウスが浮気したんじゃないかって問い詰めてるよ。そばでハリーもシリウスが息絶えないように見張ってるけど――でもシリウスの浮気ではない気がするんだよな」
はリーマスに訊いた。
「どういう意味?」
するとリーマスは少し自信なさげに話し始めた。
「シリウスはについては今まで一筋だったし、例えシリウスが浮気しては家を出としても、その前にシリウスに呪いの一つや二つかけていきそうな気がするんだよね」
確かに、とは妙に納得した。
「それに置き手紙だけっていうのも彼女らしくない」
ジェームズが考え込んだ。
「ママ、どこに行ったんだろう」
は何だか急に寂しくなってきた。それに気付いたジェームズが優しく抱き寄せた。
「泣かないで、」
リーマスもそっとの頭に手をのせると、そう囁いた。
「だって、ママ、私に何にも言わずに――」
その時、玄関からただいま、という声が聞こえてきた。はジェームズとリーマスと顔を見合わせると、駆け足で部屋を飛び出し、階段を駆けおりた。
「ママ!」
が勢い良く抱きつくと、はよろけて尻餅をついた。
「もう、、なんなの?」
は少し怒ったように、でも優しく訊いた。
「!」
そしてジェームズもリーマスも下りてくると、その後ろからリリーとシリウス、ハリーが続いた。
「どうしたの?みんなして」
はキョトンとした。
「私が家出?」
がすっとんきょうな声を上げた。
ところ変わって、全員、厨房へ移動した。そして紅茶を入れて、席に座りながらの家出説の話をしていた。
「違うの?」
リリーが身を乗り出した。
「わたし、てっきりシリウスが浮気してるからが怒って――」
「浮気?」
が聞き捨てならないとばかりに杖をシリウスに向けた。
「わっ、バカ、杖を向けるな!浮気なんかするわけないだろう、ジェームズじゃあるまいし!」
シリウスが慌ててそう言った。
「シリウス、それはどういう意味だい?」
ジェームズがシリウスを見た。
「とにかくさ――」ハリーがシリウスとジェームズの間に割り込んだ。
「なんでは家を出てったの?」
は、何でそんなことを聞かれるのかわからないようで、不思議そうな顔をして答えた。
「だって、特売日だったんだもの」
の言葉に、一同は唖然とした。
「早く行かなきゃ品物がなくなっちゃうじゃない?」
「いや、まあ、そうだろうけどさ」
いち早く我に返ったジェームズが言った。
「事前に言ってくれたら付き合ったのに」
仕方ないじゃない、とが拗ねた。
「思い出したの、今朝だもん。だからちゃんと手紙置いといたでしょう?見なかった?」
は手に持っていった紙を広げた。
「それよ、それ。ちゃんと書いてあるでしょう?『少し出て行きます』って」
ね、とが笑うと、ジェームズもリーマスもリリーもハリーも軽くため息をつき、つられて笑った。シリウスは浮気と疑われて未だ心外らしく、膨れっ面だった。はというと、笑って片付ける気にはなれず、に言った。
「しんぱい・・・・・したんだよ――ママ、家出したのかと、思って」
はほっと安心し、その反動か、目に涙を貯めながらを見た。は少し驚いたようだったが、ごめんね、と謝ると、を抱き締めた。
「不安にさせちゃってごめんね、。でもを一人になんてさせないから大丈夫よ――例えシリウスの浮気が原因で家を出ていくとしても、と一緒に出ていくから安心して」
うん、とはの腕の中で頷いた。
「――でも、リーマスも一緒でいい?」
もちろん、とが笑った。
「じゃあリリーも一緒でいいかしら」
はに尋ねた。
「そしたらハリーもね」
が笑顔になった。
リーマスとリリー、ハリーは楽しそうにその様子を見ていたが、一方でシリウスとジェームズはふてくされていた。
「大体、俺の浮気が原因で、って浮気なんてしたことないだろ!」
シリウスが言うと、リーマスが言い返した。
「だってそれは君が不器用だからだろ?」
嘘がつけないっていう、とリーマスがシリウスに笑いかけた。
「俺にはだけで十分だからだ!」
シリウスが大きな声でそう言うと、スプーンがシリウスの方に飛んできた――の方からだ。
「そんな恥ずかしいこと大声で言わないでよね」
「じゃあ、私はどうなるのよ」
もシリウスに畳み掛けた。
「――リーマス、パパが私のこといらないって言った!」
「おい、俺はそんなこと一言も――」
シリウスの話を最後まで待たず、リーマスはシリウスに杖を向けた。
「言い残すことはないよね」
にっこりと笑顔のリーマスは、本当に整った顔をしていた。
「ていうかさ!」
突然、その間に何かが割り込んで来たかと思うと、ジェームズが身を乗り出してとを見ていた。
「もも、家出するなら僕も一緒に連れてってよ。僕の存在忘れてるから!」
やれやれ、と陰でハリーがため息をついた。
「そうねぇ、大人しくしているなら連れて行ってもいいけど――」
はそう言いながらリリーを見ると、彼女はひたすら首を横に振った。
「でも、やっぱりダメね。私、リリーに弱いから」
そんなあ、とジェームズが悲痛な声をあげた。
「は僕がいなくて寂しいよね?」
んー、とはしばらく考え込むと、ハリーの腕を掴み、ジェームズに言った。
「ハリーがいるから大丈夫!」
ジェームズは不満げな顔をして、そしてハリーをにらんだ。
「人間性の違いだよね」
そして追い討ちをかけるように、さらっとリーマスが話を片付けた。すると、ジェームズ以外、みんな笑った。
「酷いよ、シリウス!君の所為だ」
ジェームズがシリウスに喚き散らす陰で、はもう一度にきつく抱きつくと、こっそり言った。
「いつまでも一緒にいてね」
もちろんよ、とが微笑んだ。
パパよりママが好きなのは女の子特有。
<update:2009.09.18>