「『最近、痴漢・ストーカーなどの被害が増加。魔法省が取締りを強化している中、犯人は一向に捕まる気配が無い。一般市民の魔法省に対する信用もがた落ちである』だって」
コーヒーを片手にルーピンが新聞記事を読み上げた。コーヒーと言っても、彼の場合はミルクと砂糖の割合が普通より多かった。
「も気をつけてよ。新聞にまで載る痴漢は本当に悪質よ」
リリーがたった今焼けたクッキーをテーブルに置いた。
「ん。大丈夫よ――食べていい?」
「大丈夫って言って、あなたの場合信用ならないわ――ダメ。ハリーたちを呼んできて」
の伸ばした手をパシッと叩いて、リリーは庭を指差した。ハリー、ジェームズ、シリウスの三人は庭の手入れをしている。
「そうよ、。あなた、最近帰ってくるの遅いし」
も台所から顔を覗かせ、庭へ向かうに畳み掛けた。
「はいはい」
肩をすくめ、は足早に厨房から出て行った。これ以上何かといわれるのはごめんだ。急いで庭に出ると、案の定と言ったところか、三人は箒に乗って遊んでいた。やリリーも三人が真面目に掃除しているとは思っていないだろうが――。
「パパ!ジェームズ!ハリー!おやつだよ」
上を向いて叫ぶと、三人はすぐにの存在に気づいたようで我先にと地上に降り立った。三人とも見事な急降下と着地なのは流石だ。
「ちゃんと庭の手入れしたの?」
庭小人がそこらじゅうで走り回っているのが見え、は苦笑しながら問いかけた。
「もちろんしたさ」
ジェームズがしれっと言った。そしてニコッと笑って重ねて言った。
「リリーとには内緒だからね」
がちょっと咎めるような目でシリウスを見ると、彼は苦笑いしてさっさと家の中に入っていった。
「さあ、僕らも行こう」
ジェームズに背中を押され、はハリーと共に厨房に向かった。
家の中に入るとぼそぼそと話し声が聞こえてきた。耳をすまして聞いてみると、どうやら先ほどの新聞記事の話のようだった。シリウスの低い声はあまり聞き取れないが、かリリーの少し高めの声が痴漢騒動の重要さを訴えていた。
「痴漢かー。久しぶりに聞いたね」
ジェームズがちょっと心配そうなトーンになった。
はわざと聞き流し、厨房に足を踏み入れた。
「――だって、襲われてからじゃ遅いわ」
ちょうどがそう言いながら紅茶を運んできたところだった。
「でも。だって子供じゃないんだ。大体、に敵う男なんてそうざらにいないと思うが?」
シリウスはに座るように勧めながら、に言い返した。大人として認識されていることは嬉しかったが、後者のコメントはどうも聞き捨てなら無い。おまけにその言葉でルーピンが肩を震わしているのを確認した。
「ちょっとパパ!私、少なくとも、騎士団のメンバーには太刀打ちできないと思うんだけど?」
「ダングあたりなら大丈夫だろ」
シリウスがそう言い返してきたので、も反撃しようと口を開きかけたところにが割り込んだ。
「が強いか弱いかなんてどうでもいいの!、本当に新聞に載るくらいの痴漢は質が悪いのよ!あなたは軽く考えているみたいだけど、襲われてからじゃ手遅れになるの!」
本気で怒り始めたにシリウスもも黙ってしまった。普段、温厚なが怒るのは珍しく、それほど重大なのだと思った。
「そうだよ、。普段、痴漢なんて新聞記事にならないくらいなんだから、今回の痴漢は相当危ないよ」
の説教に加え、ジェームズが珍しく真剣な様子で注意を促すものだから、はだんだん心配になってきた。
「そりゃ、仕事だってあるから一人歩きとか、帰りが遅くなるのは仕方ないけど、気をつけるだけで、しなくても良い一人歩きなんかは減ると思うよ」
ね、と促され、はコクンと頷いた。
「それに、ハリーと同じような職場なんだから」
つまり一緒に帰って来いということなのだろうかと、が聞こうとすると、ルーピンが先手を打った。
「別に毎日ハリーと出勤して、帰宅しろって言ってるんじゃないからね、」
少し迷った後、はわかったと答えた。ジェームズが良い子だ、と優しく笑いかけた。
「やっぱりジェームズが真面目になると事の重要さがわかりやすくなるわね」
黙って事の成り行きを見ていたリリーがそう言うと、部屋の雰囲気がとたんに変わり、笑い声が溢れた。
「酷いな、リリー。僕だって君を守ってたんだよ」
「あら、男が女を守るのなんて当然でしょう?」
リリーが優雅に笑って見せると、ジェームズはそれだけで参ったようで、普段とは少し違う、リリーだけ向ける優しげな表情で言った。
「その通りです、姫」
「わかればよろしい」
リリーがクスッと笑うと彼らは二人だけの世界に足を踏み入れ始めた。それを見て、シリウスは呆れた様子で呟いた。
「ホント、幾つになっても飽きねぇやつらだ」
「えー、でも、私は羨ましいけどな」
父親のぼやきを聞きつけ、は自分の父親と母親を交互に見た。
「親が幸せようなら子供だって嬉しいわ」
すると、が悪戯っ子のような顔をして、に言った。
「ダメよ、。それは出来ないわ。シリウスはもう年老いてしまってるわ。ジェームズみたいに若くないの」
の言葉にルーピンが噴出した。
「あいつがガキなんだ!」
「あらそう?精神年齢ならあなたの方が下だと思うのだけれど」
が言い返すと、シリウスは口をパクパクさせ、何かを言おうとしたが、結局その言葉は見つからなかったらしく、不貞腐れた顔でそっぽを向いた。
「冗談よ、シリウス。機嫌直してよ」
はそっぽを向いたシリウスと視線を合わせようと、彼の正面へ回った。しかし、そう言われてもシリウスだって簡単に機嫌を直すはずもなく、二人で二言、三言交わすと、ジェームズたちと同じように自分たちだけの空間を作り上げていっているようだった。
「娘の心配してたんじゃないのー?」
のそんな呟きも聞こえるわけがなく、二組の夫婦は幸せそうだった。
「いいよ、放っておこう。そのうちこっちの世界に戻ってくるさ」
そうルーピンに促され、もハリーもさっさと椅子に座ると、焼きあがったばかりのクッキーを口にした。二組の夫婦がこちらの世界に戻ってきたころはもうすでに、クッキーはなかった。
「はぁ?痴漢にあっただと?」
それから数日後、夕食時にシリウスの大きな声が厨房に響いた。
「私じゃないわ。ハーマイオニーが、よ」
てっきりが痴漢にあったものだと早とちりした大人たちは少し胸をなでおろした。
「彼女、大分落ち着いたし、ロンが仕事を早めに切り上げて駆けつけたから、私のほうは朝帰りにはならなかったけど、ハリーはそうもいかないでしょうね」
「で、犯人は?」
ルーピンが険しい顔つきでを見た。
「取り逃がしたのよ。だから『闇祓い部』が駆け回っているわ。犯人も狡賢いみたいで、何にも手がかりがないの」
「でも、彼女、顔は見なかったのかい?」
「残念ながらね――今までやられた人同様、後ろからいきなり、よ」
シリウスが軽蔑した口調で最低だな、と一言吐き捨てた。
「ただ、今回幸いなことにほぼ未遂だったのよ」
頭の上にクエスチョン‐マークを浮かべ、リリーが説明を求めた。
「私が発見したの。ちょうどハーマイオニーに馬乗りになっているところをね」
「じゃあ、顔を見たんじゃ――」
ルーピンの言葉をさえぎってが答えた。
「フードを深く被っていて見えなかったのよ。それに、私も一応魔法省の端くれだし、捕まえようとしたんだけど、ハーマイオニーを盾にするから、さ」
そのときのことを思い出したのか、の表情が苦しげになった。
「でも、が無事でよかったよ」
ジェームズが優しく言った。
「それがそうもいかないんだな、これが」
ニヤッと笑って見せたの顔は、かつての悪戯仕掛け人実行犯の笑みにそっくりだった。
「おまえ、まさかっ!」
シリウスが焦ったように叫んだ。
「そ。囮捜査を承諾したのよ」
お題で続き物書くのってどうかと思うが。笑
<update:2009.03.05>