「ねえ、ジェームズ」
がいつもより優しげに話しかけるとき、それはいつも決まって何かを頼むときだった。
「今度はなんのお願いだい?」
ジェームズはクスッと笑ってを見ると、の手に一冊の本が握られているのがわかった。
「最近、暖かいでしょう?花は綺麗に咲いてるよね?」
「一体、何を企んでいるんだい?」ジェームズが不思議そうな顔でに聞いた。
「――ピクニック行こう?」
ジェームズは案外、普通のお願いだったので、思わず笑ってしまった。
「シリウスは良いって?」
ジェームズがそう聞くと、はムスッとした顔でジェームズを見た。おそらく、シリウスはその意見を却下したのだろう。そして今度は自分に回ってきた、と思った。
「ジェームズが良いって言ったら、パパはきっと良いって言ってくれるもん」
「それは違うよ」ジェームズはシリウスを頷かせる一つの簡単な、もっと単純な方法を知っていた。
「ハリーがシリウスに頼めば、すぐに頷くさ」
「ハリーはピクニックなんか嫌って言うわ」
が反論してきたので、ジェームズはやれやれと思いながらに誓った――のまともな頼みや願いを拒否したハリーなんて見たことがなかった。
「ハリーは絶対にそんなこと言わないよ、」
「本当?」
が丸い目をジェームズに向け、心配そうな顔をした。
「本当さ――ハリー!」
ジェームズは自分たちの横を何気なく通り過ぎようとしたハリーを引き止めた。
「どうしたの?」
ハリーは不思議そうな顔でジェームズとを見比べた。
「私と一緒にピクニックに行かない?」
がそう聞くと、ジェームズはの横にひょこっと現れて、ハリーに笑いかけた。
「もれなく僕付き」
ハリーは一瞬、不満そうな顔をしたが、を悲しませたくなくて、「うん」と素直に返事した。
「ほらね?」ジェームズが得意げにを見た。
「ジェームズはそういうところは冴えてるよね」はクスクスと笑った。
「あのね、ハリー、せっかくならみんなで行きたいじゃない?でもパパは面倒だって言って一緒に行ってくれないの――でも、ジェームズが、ハリーならパパを説得出来るって聞いて・・・・・やってくれないかな?」
がハリーをじっと見て――相変わらず上目使いで――頼めば、ハリーは瞬殺だった。
「シリウス!」
ハリーは彼の名前を呼びながら、急いで階段を上って行った。そして、帰ってくるころにはの満面の笑みを顕せる満足な返事を、確かに持っていた。
次の週の休日に、四人は近くの広場に出かけた。
「キレイ!」
は目の前に広がる、まさしく花畑を見て歓声を上げた。
「眠ぃ・・・・・」
一方、シリウスがあくびしながらそう言ったので、はキッとにらみつけた。
「最悪――」
「でも、」シリウスを睨むにジェームズが声をかけた。
「シリウスがこんな景色見て、感動するのもある意味で奇しいと思うよ?」
「どういう意味だ?」
シリウスがジェームズの頭を叩いた。
「、シリウスがいじめるんだ!」ジェームズはシリウスに叩かれた頭を押さえながら、の背後に隠れた。
「パパ!」
シリウスを睨むの後ろでは、ジェームズがニヤニヤと、自分に手出し出来ないシリウスを見て笑っていた。
「――あのさ、」
ハリーがやれやれと三人を呆れながら見て、に声をかけた。
「どうしてピクニックなんか来たかったの?」
「気分かな」
ニコッと笑ってサラリと言うに脱力したのはハリーだけではなかった。
「――ホントに?」ハリーが疲れた顔でそう聞いた。
「冗談」
悪戯っぽい笑顔でそう言うには誰も敵わない。
「本を読んだの」
「なんの?」
ジェームズは地面に座って、を見上げた。
「『不思議の国のアリス』よ――話の一番最初の部分で、主人公のアリスは花畑でペットのネコと一緒に本を読むの。その挿絵が可愛くていいな、って思ったから」
らしい、と三人は内心頷いた。どこか現実的で、その一方、夢見る少女のらしい。
「それにね」
は三人がまだ自分の話を聞いてくれているのを感じながら、後を続けた。
「なんか幸せな気持ちになるじゃない」は周りを見回してそう言った。
「春って花が綺麗に咲いてるし、風も暖かいし、何と無く幸せにならない?」
「――そうだね」
ジェームズが何秒か遅れて、返事した。その顔はとても和やかで、暖かかった。
「みたいな日和だね」
「私?」
「うん。ちょっと夢見みがちになるような天気だし」
ジェームズの発言に、シリウスが思わず吹き出した。
「なによ、それ!」
「それで、時々風が強くなったりする」ジェームズが、怒ったをクスクスと笑いながらそう言った。
「ひどい、春はそんな季節じゃないもん」がプイとそっぽを向いた。
「そんなところがみたいな季節だよ」ジェームズが言った。「僕はみたいな春が好きだけどな」
さりげないジェームズの言葉にはカッと赤くなった。
「をからかって遊ぶなよ、ジェームズ」
シリウスがあくびをして、ねっころがりながらジェームズに声をかけた。
「いやぁ、だってさ――」ジェームズはにこにことを眺めた。
「好きな子ほどいじめたくなる、って言うだろう?」
「――最悪だね。っていうか、重症。母さんに聞かせたいね」
ハリーがボソッと言うと、シリウスが遠慮なく大笑いした。ジェームズは膨れっ面だ。
「ハリー、君、どこかシリウスに似てきたね」ジェームズが息子の頬っぺたを引っ張りながら言った。
「シリウスは僕の名付け親だから」
ハリーはジェームズの手を退かし、必死に抵抗した。傍らで、シリウスは楽しそうに二人のやり取りを見ては、時々、ハッパをかけた。
「まったくもう・・・・・」
はどこか子供っぽく、生き生きとじゃれあっている三人を見ながらため息をついた。結局は、ゆったりと過ごすことが出来ないのを予想していたが、実際にそうなってしまうと呆れることしか出来なかった。それでも、はちょっとだけ満足だった。ピクニックに行きたかったのは、最近四人で遊んでいなくて寂しかったから、という理由でもあったのだから。
ほのぼの系バンザイ。
<update:2007.05.06>