翌日の朝食までには、ロンとハーマイオニーの険悪なムードも燃え尽きたようだった。ハーマイオニーがしもべ妖精たちを侮辱したから、グリフィンドールの食事はお粗末なものが出る、というロンの暗い予想は外れた。
伝言ふくろうが郵便を持ってやると、ハーマイオニーは熱心に見上げた。何かを待っているようだ。
「パーシーはまだ返事を書く時間がないよ」
ロンが言った。
「昨日ヘドウィグを送ったばかりだもの」
「そうじゃないの」
ハーマイオニーが言った。
「『日刊予言者新聞』を新しく購読予約したの。なにもかもスリザリン生から聞かされるのは、もううんざりよ」
「いい考えだ!」
ハリーもふくろうたちを見上げた。
「あれっ、ハーマイオニー、きみついてるかもしれないよ――」
灰色モリフクロウが、ハーマイオニーの方にスイーッと舞い下りてきた。
「でも、新聞を持ってないわ」
ハーマイオニーががっかりしたように言った。
「これって――」
しかし、驚くハーマイオニーをよそに、灰色モリフクロウがハーマイオニーの皿の前に降り、そのすぐあとにメンフクロウが四羽、茶モリフクロウが二羽、続いて舞い降りた。
「ハーマイオニー、いったい何部申し込んだの?」
はふくろうの群れに引っくり返されないよう、ハーマイオニーのゴブレットを押さえた。
ふくろうたちは、自分の手紙を一番先に渡そうと、押し合いへし合いハーマイオニーに近づこうとしていた。
「いったい何の騒ぎ――?」
ハーマイオニーは灰色モリフクロウから手紙を外し、開けて読み始めた。
「まあ、なんてことを!」
ハ−マイオニーは顔を赤くし、急き込んで言った。
「どうした?」ロンが言った。
「これ――まったく、なんてバカな――」
ハーマイオニーは手紙をハリーに押しやった。手書きでなく「日刊予言者新聞」を切り抜いたような文字が貼り付けてあった。
おまえは わるい おんなだ・・・・・ハリー ポッターは もっと いい子が ふさわしい マグルよ戻れ もと居た ところへ
「みんなおんなじような物だわ!」
次々と手紙を開けながら、ハーマイオニーがやりきれなさそうに言った。
「『ハリー・ポッターはおまえみたいなヤツよりもっとましな子を見つける。まだブラックとの方がマシだ・・・・・』『おまえなんか、蛙の卵と一緒に茹でてしまうのがいいんだ・・・・・』アイタッ!」
最後の封筒を開けると、強烈な石油の臭いがする黄緑色の液体が噴き出し、ハーマイオニーの手にかかった。両手に大きな黄色い腫れものがブツブツ膨れ上がった。
「『腫れ草』の膿の薄めてないやつだ!」
ロンが恐る恐る封筒を拾い上げて臭いを嗅ぎながら言った。
「あー!」
ナプキンで拭き取りながら、ハーマイオニーの目から涙がこぼれだした。指が腫物だらけで痛々しく、まるで分厚いボコボコの手袋をはめているようになっていた。
「医務室に行きましょう」
はそっとハーマイオニーの腕に触った。
「大丈夫、一人で行けるわ」
ハーマイオニーはの手をどけると、小さくそう言って手を庇いながら急いで大広間を出て行った。
「だから言ったんだ!リータ・スキーターにはかまうなって、忠告したんだ!これを見ろよ・・・・・」
ロンはハーマイオニーが置いていった手紙のひとつを読み上げた。
「『あんたのことは週間魔女で読みましたよ。ハリーを騙してるって。あの子はもう十分辛い思いをしてきたのに。大きな封筒が見つかり次第、次のふくろう便で呪いを送りますからね。』大変だ。ハーマイオニー、気をつけないといけないよ」
ハーマイオニーは「薬草学」の授業に出てこなかった。ハリーとロンとが温室を出て、「魔法生物飼育学」の授業に向かうとき、マルフォイ、クラッブ、ゴイルが城の石段を下りてくるのが見えた。そのうしろで、パンジー・パーキンソンが、スリザリンの女子軍団と一緒にクスクス笑っている。ハリーを見つけると、パンジーが大声で言った。
「ポッター、ガールフレンドと別れちゃったの?あの子、朝食のとき、どうしてあんなに慌ててたの?」
しかし、ハリーは黙ったままだった。今度はしびれを切らしたらしいマルフォイがに話を振った。
「、君も新しいボーイフレンドを見つけた方がいい。クラムにディゴリーにポッター、次は誰をボーイフレンドにするんだ?」
一瞬、殴りかかろうかとも考えたが、もハリーに倣い、ぐっと我慢をし、黙ってハリーとロンに続いた。
ハグリッドは先週の授業で、もう一角獣はおしまいだといっていたが、今日は小屋の外で、新しい蓋なしの木箱をいくつか足下に置いて待っていた。中が見えるくらいに近づくと、そこには鼻の長い、フワフワの黒い生き物が何匹もいるだけだった。前足がまるで鍬のようにペタンと平たく、みんなに見つめられて、不思議そうに、おとなしく生徒たちを見上げて目をパチクリさせている。
「ニフラーだ」
みんなが集まるとハグリッドが言った。
「だいたい高山に棲んどるな。光るものが好きだ・・・・・ほれ、見てみろ」
一匹が突然飛び上がって、パンジー・パーキンソンの腕時計を噛み切ろうとした。パンジーが金切り声をあげて飛び退いた。
「宝探しにちょいと役立つぞ」
ハグリッドは耕されたばかりの広い場所を指差した。ハリーとがふくろう小屋から見ていたときにハグリッドが掘っていたところだ。
「金貨を何枚か埋めておいたからな。自分のニフラーに金貨を一番たくさん見つけさせたものに褒美をやろう。自分の貴重品ははずして置け。そんで持って、自分のニフラーを選んで、はなしてやる準備をしろ」
は自分の腕時計を外してポケットに入れた。ずっと昔にからお下がりとしてもらったものだった。それからニフラーを一匹選んだ。ニフラーはの耳に長い鼻をくっつけ、夢中でクンクン嗅いだ。
「かっわいいー!」
は思わずギュッと抱きしめた。
「ちょっと待て」
木箱を覗き込んでハグリッドが言った。
「一匹余っちょるぞ・・・・・だれがいない?ハーマイオニーはどうした?」
「医務室に行かなきゃならなくて。あとで説明するよ」
パンジー・パーキンソンが聞き耳を立てていたので、ロンはボソボソ言った。
今までの「魔法生物飼育学」で最高に楽しい授業だった。ニフラーは、まるで水に飛び込むようにやすやすと土の中に潜り込み、這い出しては、自分を放してくれた生徒のところに大急ぎで掛け戻って、その手に金貨を吐き出した。ロンのニフラーがとくに優秀で、ロンの膝はあっという間に金貨で埋まった。
「こいつら、ペットとして飼えるのかな?ハグリッド?」
ニフラーが自分のローブに泥を跳ね返して飛び込むのを見ながら、ロンが興奮して言った。
「おふくろさんは喜ばねえぞ」
ハグリッドがニヤッと笑った。
「家の中を掘り返すからな、ニフラーってやつは。さーて、そろそろ全部掘り出したな」
ハグリッドはあたりを歩き回りながら言った。その間もニフラーはまだ潜り続けていた。
「金貨は百枚しか埋めとらん。おう、来たか、ハーマイオニー!」
ハーマイオニーが芝生を横切ってこちらに歩いてきた。片手を包帯でグルグル巻きにして、惨めな顔をしている。パンジー・パーキンソンが詮索するようにハーマイオニーを見た。
「金貨を数えろや!そんでもって、盗んでもだめだぞ、ゴイル」
ハグリッドはコガネムシのような黒い目を細めた。
「レプラコーンの金貨だ。数時間で消えるわ」
ゴイルはブスッとしてポケットを引っくり返した。結局ロンのニフラーが一番成績がよかった。ハグリッドは賞品として、ロンにハニーデュークス菓子店の大きなチョコレートとを与えた。
校庭のむこうで鐘が鳴り、昼食を知らせた。みんなは城に向かったが、ハリー、ロン、、ハーマイオニーは残って、ハグリッドがニフラーを箱に入れるのを手伝った。マダム・マクシームが馬車の窓からこちらを見ているのに、は気がついた。
「ホント、可愛いよね!」
は箱に入れながら、スリスリとニフラーに自分のほっぺをこすった。
「あーあ。私の家にもこんな可愛い生き物がいたらいいのにな」
「たぶん、も母さんもニフラーは許さないと思うよ、」
ハリーが冷静に突っ込むと、はふてくされた様子で、大人しくニフラーを箱に戻した。
「それで、手をどうした?ハーマイオニー」
ハグリッドが心配そうに聞いた。
ハーマイオニーが、今朝受け取った嫌がらせの手紙と、「腫れ草」の膿が詰まった封筒の件を話した。
「あぁぁー、心配するな」
ハグリッドがハーマイオニーを見下ろしてやさしく言った。
「俺も、リータ・スキーターが俺のおふくろのことを書いたあとにな、そんな手紙だのなんだの、来たもんだ。『おまえは怪物だ。やられてしまえ。』とか、『おまえの母親は罪もない人たちを殺した。恥を知って湖に飛び込め。』とか」
「そんな!」
ハーマイオニーはショックを受けた顔をした。
「ほんとだ」
ハグリッドはニフラーの木箱をよいしょと小屋の壁際に運んだ。
「やつらは、頭がおかしいんだ。ハーマイオニー、また来るようだったら、もう開けるな。すぐ暖炉に放り込め」
「せっかくいい授業だったのに、残念だったね」
城に戻る道々、はハーマイオニーに言った。
「癒されるよね、ニフラーって」
しかし、ロンは、顔をしかめてハグリッドがチョコレートを見ていた、すっかり気分を害した様子だ。
「どうしたんだい?」ハリーが聞いた。
「味が気に入らないの?」
「ううん」
ロンはぶっきらぼうに言った。
「金貨のこと、どうして話してくれなかったんだ?」
「なんの金貨?」が聞いた。
「クィディッチ・ワールドカップで僕があげたレプリコーンの金貨。貴賓席で。あれが消えちゃったって、どうして言ってくれなかったんだ?」
ハリーたちはロンの言っていることがなんなのか、しばらく考えないとわからなかった。
「ああ・・・・・」
ハリーがやっと思い出したようで言った。
「ごめん。でも、なくなったことにもちっとも気づかなかった。杖のことばっかり心配してたから・・・・・」
四人は玄関ホールへの階段を上り、昼食をとりに大広間に入った。
「いいなあ」
席に着き、ローストビーフとヨークシャー・プティングを取り分けながら、ロンが出し抜けに言った。
「ポケットいっぱいのガリオン金貨が消えたことにも気づかないぐらい、お金をたくさん持ってるなんて」
「あの晩は、ほかのことで頭がいっぱいだったんだって、そう言っただろ!」
ハリーがイライラと言った。
「僕たち全員、そうだった。そうでしょう?」
「レプラコーンの金貨が消えちゃうなんて、知らなかった」
ロンが呟いた。
「もう支払い済みだと思ってた。僕、クリスマスプレゼントにチャドリー・キャノンズの帽子をもらっちゃいけなかったんだ」
「そんなこと、もういいじゃないか」ハリーが言った。
ロンはフォークの先でロースとポテトを睨みつけた。
「貧乏って、いやだな」
ハリーととハーマイオニーは顔を見合わせた。三人とも、なんと言っていいかわからなかった。
「惨めだよ」
ロンはポテトを睨みつけたままだった。
「フレッドとジョージが少しでもお金を稼ごうとしてる気持ち、わかるよ。僕も稼げたらいいのに。僕、ニフラーがほしい」
「じゃあ、次のクリスマスにあなたにプレゼントするもの、決まったわね」
ハーマイオニーが明るく言った。ロンがまだ暗い顔をしているので、ハーマイオニーがまた言った。
「さあ、ロン、あなたなんか、まだいいほうよ。だいたい指が膿だらけじゃないだけましじゃない。」
ハーマイオニーは指が強張って腫れあがり、ナイフとフォークを使うのに苦労していた。
「それにしてもあのスキーターって女、憎たらしい!」
ハーマイオニーは腹立だしげに言った。
「何がなんでもこの仕返しはさせていただくわ!」
ニフラーほしいですねえ。