「まさか!」
ロンが呆然として言った。ダームストラングの一行のあとについて、ホグワーツの学生が、整列して石段を上る途中だった。
「クラムだぜ、ハリー!
ビクトール・クラム!」
「ロン、落ち着きなさいよ。たかがクィディッチの選手じゃない」ハーマイオニーが言った。
「
たかがクィディッチの選手?」
ロンは耳を疑うという顔でハーマイオニーを見た。
「ハーマイオニー――クラムは世界最高のシーカーの一人だぜ!まだ学生だなんて、考えても見なかった!」
ホグワーツの生徒に混じり、再び玄関ホールを横切り、大広間に向かう途中、はリー・ジョーダンがクラムの頭の後ろだけでもよく見ようと、爪先立ちでピョンピョン跳び上がっているのを見た。六年生の女子学生が数人、歩きながら夢中でポケットを探っている。
「あぁ、どうしたのかしら。わたし、羽根ペンを一本も持ってないわ――」
「ねえ、あの人、わたしの帽子に口紅でサインしてくれると思う?」
「
まったく、もう」
今度は口紅のことでゴタゴタしている女の子たちを追い越しながら、ハーマイオニーがツンと言い放った。
「サインをもらえるなら、僕が、もらうぞ」ロンが言った。
「ハリー、羽根ペン持ってないか?ン?」
「ない。寮のカバンの中だ」ハリーが答えた。
四人はグリフィンドールのテーブルまで歩き、腰掛けた。ロンはわざわざ入り口の見えるほうに座った。クラムやダームストラングのほかの生徒たちが、どこに座ってよいかわからないらしく、まだ入り口付近に塊っていたからだ。ボーバトンの生徒たちは、レイブンクローのテーブルを選んで座っていた。みんなむっつりした表情で、大広間を見回している。中の三人が、まだ頭にスカーフやショールを巻きつけ、しっかり押さえていた。
「
そこまで寒いわけないでしょ」
観察していたハーマイオニーが、イライラした。
「あの人たち、どうしてマントを持ってこなかったのかしら?」
「ハーマイオニー、聞こえるわ。彼女たちだって、緊張してるのよ」
がイライラしているハーマイオニーを静かになだめた。
「こっち!こっちに来て座って!」
ロンが歯を食いしばるように言った。
「こっちだ!ハーマイオニー、そこどいて。席を空けてよ――」
「どうしたの?」
「遅かった」ロンが悔しそうに言った。
ビクトール・クラムとダームストラングの生徒たちが、スリザリンのテーブルに着いていた。マルフォイ、クラッブ、ゴイルのいやに得意げな顔が見えた。見ているうちに、マルフォイがクラムのほうに乗り出すように話しかけた。
「おう、おう、やってくれ。マルフォイ。おべんちゃらベタベタ」ロンが毒づいた。
「だけど、クラムは、あいつなんかすぐお見通しだぞ・・・・・。きっといつも、みんながじゃれついてくるんだから・・・・・。あの人たち、どこに泊まると思う?僕たちの寝室に空きを作ったらどうかな、ハリー・・・・・僕のベッドをクラムにあげたっていい。僕は折り畳みベッドで寝るから」
ハーマイオニーがフンと鼻を鳴らした。
「あの人たち、ボーバトンの生徒よりずっと楽しそうね」が言った。
ダームストラング生は分厚い毛皮を脱ぎ、興味津々で星の瞬く黒い天井を眺めていた。何人かは金の皿やゴブレットを持ち上げては、感心したように眺め回していた。
教職員のテーブルに、管理人のフィルチが椅子を追加している。晴れの席にふさわしく、古ぼけた黴臭い燕尾服を着込んでいた。ダンブルドアの両脇に二席ずつ、四脚も椅子を置いる。
「二人増えるだけなのに」ハリーが言った。
「どうしてフィルチは椅子を四つも出したのかな?あとはだれが来るんだろう?」
「はぁ?」ロンは曖昧に答えた。まだクラムに熱い視線を向けている。
「主催者の人が来るんじゃないかしら」が口を挟んだ。
全校生が大広間に入り、それぞれの寮のテーブルに着くと、教職員が入場し、一列になって上座のテーブルに進み、着席した。列の最後はダンブルドア、カルカロフ校長、マダム・マクシームだ。ボーバトン生は、マダムが入場するとパッと起立した。ホグワーツ生の何人かが笑った。しかし、ボーバトン生は平然として、マダム・マクシームがダンブルドアの左手に着席するまでは席に座らなかった。ダンブルドアのほうは、立ったままだった。大広間が水を打ったようになった。
「こんばんは、紳士、淑女、そしてゴーストの皆さん。そしてまた――今夜はとくに――客人の皆さん」
ダンブルドアは外国からの学生全員に向かって、ニッコリした。
「ホグワーツへのおいでを、心から歓迎いたしますぞ。本校での滞在が、快適で楽しいものになることを、わしは希望し、また確信しておる」
ボーバトンの女子学生で、まだしっかりとマフラーを頭に巻きつけたままの子が、まちがいなく嘲笑と取れる笑い声を上げた。
「あなたなんか、だれも引き止めやしないわよ!」
ハーマイオニーが、その学生を睨めつけながら呟いた。
「三校対抗試合は、この宴が終わると正式に開始される」ダンブルドアが続けた。
「さあ、それでは、大いに飲み、食い、かつ寛いでくだされ!」
ダンブルドアが着席した。が見ていると、カルカロフ校長が、すぐに身を乗り出して、ダンブルドアと話し始めた。
目の前の皿が、いつものように満たされた。厨房の屋敷しもべ妖精が、今夜は無制限の大盤振る舞いにしたらしい。目の前に、これまで見たことがないほどのいろいろな料理が並び、はっきりと外国料理とわかるものもいくつかあった。
「
あれ、なんだい?」
ロンが指差したのは、大きなキドニーステーキ・パイの横にある、貝類のシチューのようなものだった。
「ブイヤベース」ハーマイオニーが答えた。
「いま、くしゃみした?」ロンが聞いた。
「
フランス語よ」ハーマイオニーが言った。
「一昨年の夏休み、フランスでこの料理を食べたの。とってもおいしいわ」
「ああ、信じましょう」
ロンがブラッド・ソーセージをよそいながら言った。
たかが二十人、生徒が増えただけなのに、大広間はなぜかいつもよりずっと混み合っているように見えた。たぶん、ホグワーツの黒いローブの中で、違う色の制服がパッと目に入るせいだろう。毛皮のコートを脱いだダームストラング生は、その下に血のような真紅のローブを着ていた。
歓迎会が始まってから二十分ほどたったころ、ハグリッドが、教職員テーブルの後ろのドアから横滑りで入ってきた。テーブルの端の席にそっと座ると、ハグリッドはハリー、ロン、、ハーマイオニーに手を振った。包帯でグルグル巻きの手だ。
「ハグリッド、スクリュートは大丈夫なの?」ハリーが呼びかけた。
「ぐんぐん育っちょる」ハグリッドがうれしそうに声を返した。
「ああ、そうだろうと思った」ロンが小声で言った。
「あいつら、ついに好みの食べ物を見つけたらしいな。ほら、ハグリッドの指さ」
「冗談でもそんなこと言わないで」
が気持ち悪そうにロンを見た。
そのとき、まただれかの声がした。
「あのでーすね、ブイヤベース食べなーいのでーすか?」
ダンブルドアの挨拶のときに笑った、あのボーバトンの女子学生だった。やっとマフラーを取っていた。長いシルバーブロンドの髪が、さらりと腰まで流れていた。大きな深いブルーの瞳、真っ白できれいな歯並びだ。
ロンは真っ赤になった。美少女の顔をじっと見つめ、口を開いたものの、わずかにゼイゼイと喘ぐ音が出てくるだけだった。
「ああ、どうぞ」ハリーが美少女のほうに皿を押しやった。
「もう食べ終わりまーしたでーすか?」
「ええ」
ロンが息も絶え絶えに答えた。「ええ、おいしかったです」
美少女は皿を持ち上げ、こぼさないようにレイブンクローのテーブルに運んでいった。ロンは、これまで女の子を見たことがないかのように、穴の開くほど美少女を見つめ続けていた。ハリーが笑い出した。その声でロンははっと我に返ったようだ。
「あの女、
ヴィーラだ!」ロンはかすれた声でハリーに言った。
「いいえ、違います!」ハーマイオニーがバシッと言った。
「マヌケ顔で、ポカンと口を開けて見とれてる人は、ほかにだれもいません!」
しかし、ハーマイオニーの見方は必ずしも当たっていなかった。美少女が大広間を横切る間、たくさんの男の子が振り向いたし、何人かは、ロンと同じように、一時的に口がきけなくなったようだ。
「まちがいない!あれは普通の女の子じゃない!」
ロンは体を横に倒して、美少女をよく見ようとした。
「ホグワーツじゃ、ああいいう女の子は作れない!」
「ホグワーツだって、女の子はちゃんと作れるよ」
ハリーは自分の目の前に座っていたを見た。ちょうど、はキドニーステーキ・パイに手を伸ばしているところだった。
「ちょっと。一言言ってくれれば取るわ」
の隣に座っていたハーマイオニーが自分の目の前にあったキドニーステーキ・パイの大皿からパイを一切れとってに渡した。
「ありがとう、ハーマイオニー」
はにっこり笑った。
「ちょっとお二人さん」
ハーマイオニーはまだ美少女を見ているロンと、こっちを向いてボーッとしているハリーに向かって言った。
「お目々がお戻りになりましたら、たったいまだれが到着したか、見えますわよ」
ハーマイオニーは教職員テーブルを指差していた。空いていた二席が塞がっている。ルード・バグマンがカルカロフ校長の隣に、パーシーの上司のクラウチ氏がマダム・マクシームの隣に座っていた。
「いったい何しにきたのかな?」ハリーは驚いた。
「三校対抗試合を組織したのは、あの二人なんじゃない?」ハーマイオニーが言った。
「始まるのを見たかったんだと思うわ」
「やっぱり、空いた席は主催者の席で当たってたよ」
が嬉しそうに会話に入ってきた。ハーマイオニーは「はいはい」と適当に相槌を打った。
次のコースが皿に現われた。なじみのないデザートがたくさんある。ロンはなんだか得体の知れない淡い色のブレマンジェをしげしげ眺め、それをそろそろと数センチくらい自分の右側に移動させ、レイブンクローのテーブルからよく見えるようにした。しかし、ヴィーラらしき美少女は、もう十分食べたという感じで、ブラマンジェを取りにこようとはしなかった。
金の皿が再びピカピカになると、ダンブルドアが再び立ち上がった。心地よい緊張感が、いましも大広間を満たした。ハリーの席から数席むこうでフレッドとジョージが身を乗り出し、全神経を集中してダンブルドアを見つめている。
「時は来た」
ダンブルドアが、いっせいに自分を見上げている顔、顔、顔に笑いかけた。
「三大魔法学校対抗試合はまさに始まろうとしておる。『箱』を持ってこさせる前に、二言、三言説明しておこうかの――」
「箱って?」ハリーが呟いた。
ロンが「知らない」とばかりに肩をすくめた。
「今年はどんな手順で進めるのかを明らかにしておくためじゃが。その前に、まだこちらのお二人を知らない者のためにご紹介しよう。国際魔法協力部部長、バーテミウス・クラウチ氏」
儀礼的な拍手がパラパラと起こった。
「そして、魔法ゲーム・スポーツ部部長、ルード・バグマン氏じゃ」
クラウチのときよりもずっと大きな拍手があった。ビーターとして有名だったからかもしれないし、ずっと人好きのする容貌のせいかもしれなかった。バグマンは、陽気に手を振って拍手に応えた。バーテミうす・クラウチは、紹介されたとき、にこりともせず、手を振りもしなかった。クィディッチ・ワールドカップでのスマートな背広姿を覚えているハリーにとって、魔法使いのローブがクラウチ氏とちぐはぐな感じがした。チョビ髭もピッチリに分けた髪も、ダンブルドアの長い白髪と顎鬚の隣では、際立って滑稽に見えた。
「バグマン氏とクラウチ氏は、この数ヶ月というもの、三校対抗試合の準備に骨身を惜しまず尽力されてきた」
ダンブルドアの話は続いた。
「そしてお二方は、カルカロフ校長、マダム・マクシーム、それにこのわしとともに、代表選手の健闘ぶりを評価する審査委員会に加わってくださる」
「代表選手」の言葉が出たとたん、熱心に聞いていた生徒たちの耳が、一段と研ぎ澄まされた。
ダンブルドアは、生徒が急にしんとなったのに気づいたのか、ニッコリしながらこう言った。
「それでは、フィルチさん、箱をこれへ」
大広間の隅に、だれにも気付かれず身をひそめていたフィルチが、いま、宝石をちりばめた大きな木箱を捧げ、ダンブルドアのほうに進み出た。かなり古いものらしい。見つめる生徒たちから、いったいなんだろうと、興奮のざわめきが起こった。デニス・クリービーはよく見ようと、椅子の上に立ち上がった、それでも、あまりにチビで、みんなの頭よりちょっぴり上に出ただけだった。
「代表選手たちが今年取り組むべき課題の内容は、すでにクラウチ氏とバグマン氏が検討して終えておる」ダンブルドアが言った。
フィルチが、木箱を恭しくダンブルドアの前のテーブルに置いた。
「さらに、おふた方は、それぞれの課題に必要な手配もしてくださった。課題は三つあり、学年一年間にわたって、間を置いて行われ、代表選手はあらゆる角度から試される――魔力の卓越性――果敢な勇気――論理・推理力――そして、言うまでもなく、危険に対処する能力などじゃ」
この最後の言葉で、大広間が完璧に沈黙した。息する者さえいないかのようだった。
「皆も知ってのとおり、試合を競うのは三人の代表選手じゃ」
ダンブルドアは静かに言葉を続けた。
「参加三校から各一人ずつ。選手は課題の一つ一つをどのように巧みにこなすかで採点され、三つの課題の総合点が最も高いものが、優勝杯を獲得する。代表選手を選ぶのは、公正なる選者・・・・・『炎のゴブレット』じゃ」
ここでダンブルドアは杖を取り出し、木箱の蓋を三度軽く叩いた。蓋は軋みながらゆっくりと開いた。ダンブルドアは手を差し入れ、中から大きな荒削りの木のゴブレットを取り出した。一見まるで見栄えのしない杯だったが、ただ、その縁から溢れんばかりに青白い炎が踊っていた。
ダンブルドアは木箱の蓋を閉め、その上にそっとゴブレットを置き、大広間の全員によく見えるようにした。
「代表選手に名乗りを上げたいものは、羊皮紙に名前と所属校名をはっきりと書き、このゴブレットの中に入れなければならぬ。立候補の志ある者は、これから二十四時間の内に、その名を提出するよう。明日、ハロウィーンの夜に、ゴブレットは、各校を代表するにもっとも相応しいと判断した三人の名前を、返してよこすであろう。このゴブレットは、今夜玄関ホールに置かれる。我と思わん者は、自由に近づくがよい」
ただし、とダンブルドアが続けた。
「年齢に満たない生徒が誘惑に駆られることのないよう、『炎のゴブレット』が玄関ホールに置かれたなら、その周囲にわしが『年齢線』を引くことにする。十七歳に満たないものは、何人もその線を越えることはできぬ。最後に、この試合で競おうとするものにはっきり言うておこう。軽々しく名乗りを上げぬことじゃ。『炎のゴブレット』がいったん代表選手と選んだものは、最後まで試合を戦い抜く義務がある。ゴブレットに名前を入れるということは、魔法契約によって拘束されることじゃ。代表選手になったからには、途中で気が変わるということは許されぬ。じゃから、心底、競技する用意があるのかどうか確信を持った上で、ゴブレットに名前を入れるのじゃぞ。さて、もう寝る時間じゃ。皆、おやすみ」
「『年齢線』か!」
みんなと一緒に大広間を横切り、玄関ホールに出るドアのほうへと進みながら、フレッド・ウィーズリーが目をキラキラさせた。
「うーん。それなら『老け薬』でごまかせるかな?いったん名前をゴブレットに入れてしまえば、もうこっちのもんさ――十七歳かどうかなんて、ゴブレットにはわかりゃしないさ!」
「でも、十七歳未満じゃ、だれも戦いおおせる可能性はないと思う」
ハーマイオニーが言った。
「まだ勉強が足りないもの・・・・・」
「君はそうでも、俺は違うぞ」
ジョージがぶっきらぼうに言った。
「ハリー、君はやるよな?立候補するんだろ?」
「ジェームズたちなら、『年齢線』を突破する方法を考え付きそうだけど、多分、今の彼らなら立候補したって聞いたら怒るわよ――危険だ、危ないってね」
ジョージに畳み掛けるようにはハリーに言った。
「代表選手になったら、魔法契約の拘束力で途中でやめることは出来ないもの」
ハリーはそれを聞いて黙ってしまった。
「他の寮からはだれが立候補するのかしら」
そのハーマイオニーの呟きにはドキリとした。頭の中にセドリックの笑ったときの顔が浮かんだのだ。
「まさかね」
しかし、そうは呟いてみても、前にアーニーが言っていたことを思い出した。セドリックは立候補するかもしれない。
「なにが、まさか、なの?」
ハリーがの呟きを聞いたらしく、そう聞いた。
「ううん、なんでもない」は慌ててごまかした。
ハリーにセドリックの名前を出すと、不機嫌になるのは目に見えている。
「
どこへ行っちゃったのかな?」
このやりとりをまったく聞いていなかったロンが言った。クラムはどうしたかと、人混みの中を窺っていたのだ。
「ダンブルドアは、ダームストラング生がどこにとまるか、行ってなかったよな?」
しかし、その答えはすぐにわかった。ちょうどそのとき、ハリーたちはスリザリンのテーブルまで進んできていたのだが、カルカロフが生徒を急き立てている最中だった。
「それでは、船に戻れ」カルカロフがそう言ったところだった。
「ビクトール、気分はどうだ?十分に食べたか?厨房から卵酒でも持ってこさせようか?」
クラムがまた毛皮を着ながら、首を横に振ったのを、は見た。
「校長先生、僕、ヴァインがほしい」
ダームストラングの男子生徒が一人、ものほしそうに言った。
「
おまえに言ったわけではない。ポリアコフ」
カルカロフが噛みつくように言った。やさしい父親のような雰囲気は一瞬にして消えていた。
「おまえは、また食べ物をベタベタこぼして、ローブを汚したな。しょうのないやつだ――」
カルカロフはドアのほうに向きを変え、生徒を先導した。ドアのところでちょうどハリー、ロン、、ハーマイオニーとかち合い、四人が先を譲った。
「ありがとう」
カルカロフは何気なくそう言って、ハリーとをちらと見た。
とたんにカルカロフが凍りついた。二人の方を振り向き、我が目を疑うという表情で、カルカロフはまじまじと見た。校長の後ろについていたダームストラング生も急に立ち止まった。カルカロフの視線が、ゆっくりとハリーの顔を移動し、傷痕を見て、そしての青い瞳に吸い込まれるように釘付けになった。ダームストラング生も不思議そうに二人を見つめた。そのうち何人かがはっと気づいた表情になったのを、は目の片隅で感じた。ローブの胸が食べこぼしでいっぱいの男の子が、隣の女の子を突っつき、大っぴらに二人を指差した。クラムが自分の顔を食い入るように見ているのには気づいた。
「そうだ。ハリー・ポッターと・ブラックだ」後ろから、声が轟いた。
カルカロフ校長がくるりと振り向いた。マッド‐アイ・ムーディが立っている。ステッキに体を預け、「魔法の目」が瞬きもせず、ダームストラングの校長をギラギラと見据えていた。二人の目の前で、カルカロフの顔からサッと血の気が引き、怒りと恐れの入り混じった凄まじい表情に変った。
「おまえは!」
カルカロフは、亡霊でも見るような目つきでムーディを見つめた。
「わしだ」凄みのある声だった。
「ポッターとブラックに何か言うことがないなら、カルカロフ、退くのがよかろう。出口を塞いでおる」
たしかにそうだった。大広間の生徒の半分がその後ろで待たされ、なにが邪魔しているのだろうと、あちこちから首を突き出して前を覗いていた。
一言も言わず、カルカロフ校長は、自分の生徒を掻き集めるようにして連れ去った。ムーディはその姿が見えなくなるまで、「魔法の目」でその背中をじっと見ていた。傷らだけの歪んだ顔に激しい嫌悪感が浮かんでいた。
「、いっちゃうよ!」
玄関ホールで急に足を止めたにハリーはそう声をかけた。
「うん、先に行ってて。大広間に忘れ物したの」
は振り向かずに大広間に向かった。しかし、忘れ物をしたわけではなかった。人を探していたのだ。さっき思ったあの思いを確かめる為、はやっと本人に聞く決心をしたのだ。
「あれ、、一人?珍しいね」
お目当ての人物は簡単に見つかった。たったいま、大広間から出ようとしていた。彼は友人たちに囲まれていたが、が一人だと分かると友人たちと別れて「少し歩こうか」と散歩に誘った。
「――セドリックは立候補するの?」
「まだ迷ってるよ」
はセドリックと二人きりで中庭を歩きながら話した。
「グリフィンドールからは誰か立候補するのかい?」
「フレッドとジョージが十七歳未満だけど『老け薬』でごまかせるかも、って立候補しそう」
セドリックはそれを聞くと、そう、と言って黙ってしまった。はやっぱりいきなり三校対抗試合の話にしたのは間違いだったのかも、と後悔した。
「セドリックは代表選手になりたいの?」
は沈黙に耐え切れずにそう聞いた。
「まあ、出来ることならね。自分の力がどこまで通用するのか試してみたいし」
セドリックはいつものように優しい笑顔だった。はそれを聞いて彼を後押ししてあげよう、と思った。彼は素質は十分にあるのに、対抗試合に立候補することを怖がっている。彼が本当は試合に出たいことは容易に分かった。
「セドリック、出たいなら、出なきゃ。自分の選択に自信を持って。大丈夫よ、私、セドリックなら素質は十分にあると思うわ」
はかつて、ジェームズに言われた言葉を思い出した―― 一番良いのは自分の選択に自信を持つことだ。
セドリックはまさかそんなことを言われるとは思っていなかったようで、まじまじとを見た。
「――おかしかったかな?」
はいつまでもセドリックが自分から視線を逸らさないので赤くなってそう聞いた。
「いや。おかしくなんかないよ。らしい言葉だな、って思って」
セドリックがクスクスと笑った。
「私もある人に昔そう言われたの。自分の選択にとっても後悔してたときに。でも、その言葉、たった一言で救われたわ――だから、今度は私があなたを助ける番」
が屈託のない笑顔で言った。セドリックはその笑顔に釘付けになった。
「大丈夫よ、セドリック。あなたなら出来るわ。そう信じてる」
「――ありがとう」
セドリックは何か、胸にこみ上げるものがあってそれしか言えなかった。
それから二人は静かになった胸の内に中庭をもう少し歩いたあと、どちらからともなく、立ち止まった。
「それじゃあ、グリフィンドール塔まで送っていくよ」
は月明かりに逆光になったセドリックの顔を見上げた。確かに、その顔には迷いはなくなったような気がする。は申し出に甘えることにした。
「ありがとう、セドリック」
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